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矜持★(8/8)

「能登さん、調子悪いんですか?」
新しい部下になる予定の男は、下請けとしての最後の打合せの席でそう問いかけてきた。
「え、いや・・・別に。どうして?」
「何かちょっと、覇気がないというか・・・」
このところ、調子が悪いのは確かだった。
ただそれは、身体の調子では無く、どうやら感情的なものらしい。
同じ問を複数の人間から受けているということは、自分が思っている以上に深刻なのかも知れない。
原因は明らかだった。
けれど、それを公言することは、できなかった。
「そんなことないさ。ちゃんと食って、ちゃんと寝てるよ」
誠実な気遣いに応えるべく、作り笑いを彼に投げる。
「なら、良いんですが」
男の新たな門出まで、後1ヶ月ほど。
それに水を差す訳にはいかない。


長い口づけの後、俺の身体を抱き締め、溜め息を吐いた男とは、それ以来、顔を合わせることは無かった。
背格好が似ているビルメン社員に思わず目を奪われても、次の瞬間には小さな落胆が広がる。
例えシフトや持ち場が変わっても、2週間以上見かけないのは初めてだった。

ある夜、上から降りてきたエレベーターに乗っていたのは、作業服を着た年配の男だった。
軽く会釈をして開のボタンに指を添える彼に、会釈を返し奥へ進む。
静かに扉が閉まり、箱が下がり始める。
対角線上に立つ男に、彼の面影が重なった。

「あの・・・鳥越さんって、最近見かけないですけど」
探り探り発した言葉に、背を向けていた男が振り向く。
「弊社の鳥越ですか?」
「ええ・・・。以前、落とし物を、届けて貰いまして」
「そうなんですか。彼なら先日、退職したんですよ。2週間くらい前ですかね」

繋がりを断たれたショックは想像以上だった。
思えば、彼のことで確かだったのは、所属と名前だけ。
何処へ行ったのか探す当てもない。
鬱積した欲情と歪んだ感情は、どうすれば良いのか。
心に穴が開く、その言葉の意味を思い知った気がした。


「佐田と申します」
白井の後任に充てられたのは、彼より幾分年下の男だった。
「いろいろ無理をお願いすることもあると思うけど」
「いえ、白井さんに渋い顔されないよう、頑張ります」
「渋い顔なんてしないよ、オレ」
「自分で気が付いてないだけですよ」
とはいえ入社以来、同じ部署で改築・修繕を担当してきた生え抜きということもあり
経験も実績も十分、というのが白井の談だ。

俺の背後にあるオフィスの方へ目を向けた白井が、矢庭に立ち上がる。
「そうだ、もう一人、紹介しておきますね」
足早に打合せブースから出ていった男を目で追いかけると、真新しい上着を着た社員に辿り着く。
新しい人材を募集しているという話は聞いていたが、恐らくそれがあの男なのだろう。
俺の視線を追いかけ、そちらを振り向いた佐田が、ああ、と小さく声を上げた。
「まだ試用期間ですけど、ゆくゆくは設備リニューアルの方を担当させようと思ってるんですよ」
椅子に座っていた男が立ちあがり、こちらを見やる。
瞬時に狼狽えた表情が、目に焼き付いた。

「まだ試用期間なんですけどね。今は僕の下で勉強して貰ってるところです」
「・・・鳥越と申します。宜しくお願いします」
小さく頭を下げた男は、やや伏し目がちに俺を見た。
酷く動揺している様子に、こちらまでもが居た堪れなくなってくる。
「設備の方も欠員が出てたんで、まずはそっちを補充しようってことになりまして」
「しばらくは設備更新の案件が増えるだろうしね」
居心地が悪そうに名刺入れを握り締めている男を、白井は随分買っているらしい。
「元ビルメンってこともあって、飲み込みが良くて助かってます」
「そんなこと・・・まだまだです」
「白井くんはスパルタだろう?」
「能登さん程じゃないですよ」

男にとって、それが幸運だったのかどうかは分からない。
しかし俺にとっては、あまりにも出来過ぎた偶然にしか思えなかった。
帰り際、鳥越の机の傍で立ち止まる。
何処か怯えるような目を向けてきた彼に、冷静な態度を努めた。
「さっき渡した名刺が、ちょっと古いやつだったみたいでね」
そう言って、名刺の裏に伝言を一つ書き留め、手渡す。
「・・・ありがとうございます」
一度裏を返した鳥越は、俺を一瞥し、それを胸ポケットにしまい込んだ。
「じゃあ、宜しく」


伝言は上手く伝わったらしい。
1階のエントランスで5分ほど待っていると、男が姿を現した。
「ちょっと良いかな」
頷いた彼は、困惑した表情で俺の後に続く。
向かったのは、ビルの脇にある通用口。
夜間専用の通路の為、日中は閑散としている。

先に口を開いたのは彼だった。
「・・・何か」
「分かるだろ」
俯いた男が大袈裟な溜め息を吐く。
「ああいうことは、もう・・・」
心境の変化の理由は分からない。
戯れに飽きたのか、新しい獲物を見つけたのか。
それでも俺には、彼が、どうしても必要だった。

「白井とは懇意にしてるんだろう?」
「それは、どういう・・・」
「しかも、まだ試用期間なんだよな」
狡いやり方であることは承知していた。
「・・・何だよ、それ。脅しかよ・・・どっかおかしいんじゃねぇのか?」
「それは、君が一番よく知ってるはずだ」
けれど、これが彼の鬱憤を煽るやり方だと、確信していた。
「オレが話せば・・・あんただって、終わるんだぞ?」
「彼がどっちを信じるかなんて、明白だろう」
「そこまでして・・・プライドねぇのかよ」

怪訝な表情をした男の胸ぐらを掴み、引き寄せる。
乾いた息の向こうに、性感が匂ってくるようだった。
「・・・あるさ。あるからこそ、壊されたい」
彼の眼が一瞬揺らいだ隙に、唇を重ねる。
「君じゃなきゃ・・・ダメなんだ」
微かな感触が全身を駆け、男の冷たい視線が奥底の性感帯を乱暴に掴む。
「容赦しねぇぞ」
熱を帯びた囁きが待ち侘びる身体に沁みていき、鼓動を少し早くさせた。

□ 98_矜持★ □
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コメント

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No title

素敵な作品に仕上がり感服しました。
気が向きましたら「容赦しない」続編を期待しております。

容赦してしまう弱さ。

お返事が遅れて申し訳ありませんでした。
コメント頂き、ありがとうございます。

ひとまずご満足頂けたようで、ホッとしております。
また「容赦しない」続編のリクエストをありがとうございました。

ただ、この話も含めてですが、それなりにえげつない妄想はしているものの
いざ文章に起こそうとすると、どうしても「容赦した」形になってしまいます。
これだけ書いてきたものの、まだまだ修行が足りないようです。

長らくお待たせしてしまうことになりますが
愉しんで頂ける物をお届けできるよう、筆を進めていきたいと思います。

No title

わざわざとご返事をありがとうございます。

本当に「容赦しない」形だとただの鬼畜となってしまいますね。
だから表面的に「容赦しない」としながらも、内面的には「容赦した」形が好ましいように思えます。
それって「弱さ」ではなく「愛」ではないでしょうか。
相手の性感を高め「墜とす」ことこそ、この二人にとっての「容赦しない」だと思います。

勝手ばかり言って申し訳ありません。

境界線。

コメント頂きましてありがとうございます。
頂いたご意見、もっともだと、改めて気づかされました。

いわゆるSMプレイを描写する際、いつも悩むのが "拷問・虐待" との境界線です。
受け手が悦ぶ限界を何処にするのか
愛があるからといって何でも許容できる訳でもなく
責める側にもプライドやポリシーのようなものがあるはず。
等々考えるにつれ、結局ヌルく終わってしまうものが殆どになっていました。

続編にあたっては、両者の関係性も変わることになりますので
快楽の "底" を目指して試行錯誤するような流れになればと考えています。

また何かございましたら、ご意見頂けますと嬉しく思います。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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