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矜持★(1/8)

駅から途切れることなく続く人波は、吸い込まれるように一つの建物へと消えていく。
都内でも一等地に近い場所に建つそのビルは、築20年程。
25階建という規模は、当時としてはかなり立派だったのだろうが
今では周囲に林立するビル群の一部と化している。

「おはようございます」
「おはよう」
「先ほど、人事から連絡がありましたよ。部長から貰っているお話とか何とかで・・・」
「ああ、じゃあ僕から連絡しておくよ」
この会社に転職してきてから、10年ほどが過ぎた。
親会社である大手通信会社が所有する不動産の管理・営繕が主な業務。
営繕部部長という肩書は貰っているものの、部署には社員が5人しかおらず
ヒアリング・設計提案・工事会社との打ち合わせと、全員がフル稼働で動いている状態だ。

元々勤めていたのは、大手の設計事務所だった。
有名物件を幾つも手掛ける会社ではあったが、同時に、激務であることも知られていた。
誰もが同じように遣り甲斐を見いだせる訳もなく、耐え切れずに辞めていく人間も少なくない。
中間管理職となって数年は、もがきながらも喰らいついていたが
ある時、多忙を理由に元妻から離婚を切り出され、不意に糸が切れてしまった。
折しも建設不況真っ只中、社内で早期退職希望者を募る動きがあり、それに乗じて会社を去った。


ある夜、地下1階にあるコンビニから自社へ戻る際、エレベーターホールで一人の男と一緒になった。
作業服を着た若い男がビル管理会社の社員であることは、胸に付けている身分証で分かる。
鳥越という名前が目に入り、そういえば、以前にも乗り合わせたことを思い出した。

このビルには、6基のエレベーターがある。
しかし、自分のオフィスからは中央ホールが遠いこともあり、近くにある人荷用の物を常用していた。
通常のエレベーターは上層階・下層階で分かれており、機械室や屋上へは止まらない作りになっているが
このエレベーターは地下4階から屋上まで、全ての階に停まる。
ビルメン社員達は基本的にこの箱で行き来していることもあり、顔を合わせる機会はそれなりにあるだろう。

エレベーターの扉が開き、素早く先に乗り込んだ彼は、ボタンの前に陣取る。
「何階ですか?」
それほど疲れを見せない若い顔が、こちらを見た。
「ああ、10階を」
その言葉で10階のボタンを押し、その後、彼は11階のボタンを押す。
奥に進み、彼とは対角線上の位置に立ち、背中を壁に預ける。
閉まっていく扉を目で追い、何となく、中肉中背の男の後ろ姿に視線を移した。
11階のフロアには空調用のファンと、各種中間水槽が設置されていると聞いている。
大きな工具箱を持っているところを見ると、何か、エラーでも発生したのだろうか。
そうこう考えている内に、表示ランプが "10" を示す。
重い金属製の扉が開き、薄暗いホールに箱の中の光が広がっていく。
開のボタンを押し、扉に手を添えたまま、彼は静かに頭を下げた。
「どうも」
外に出てしばらくすると、エレベーターは静かにしまり、周囲を照らしていた光は無くなった。


それからしばらく経った、深夜残業帰りのこと。
時間は夜中の12時をすっかり回り、フロアの中には静寂が広がっていた。
いつものようにエレベーターを待っていると、表示灯が下から上がってくるところだった。
他フロアの社員が使うことも珍しいことでは無いが、この時間に残っている人間はそう多くない。
そんな懸念も、10階を通過していった箱が11階で停止したことを確認したところで払拭される。

扉が開いた向こうに立っていたのは、あの若いビルメン社員だった。
誰かが乗ってくることは想定していなかったのか
手に持ったスマートフォンの画面から顔を上げるまで、しばらくの時間がかかっていた。
こちらを一瞥した彼は、やや狼狽えた表情を見せ、すぐに作業ズボンの中に端末を押し込む。
「あ・・・すみません」
姿勢を正し、扉に手を添えた男は、落ち着かないように視線を下に落とした。

「地下1階で宜しいですか?」
扉が閉まっている間、彼はそう尋ねてくる。
エントランスゲートは1階にあるが、夜間には締められてしまう為
この時間に退出するには地下にある守衛室前のゲートを通らなければならない。
「ああ、ありがとう」
管理センターがある地下1階のボタンは既に点灯しており、彼も持ち場に戻るところなのだろう。
ゆっくりと箱が降り始め、モーター音だけが響く。
養生マットが貼られた壁にもたれるように立つ男の服はやや乱れており、ズボンの裾が僅かに濡れている。
「何か、調子の悪い機器でも?」
ふと口にした問に、男の肩が微かに震えた。
「えっ・・・ええ、貯湯槽に、ちょっと・・・不具合がありまして」
「もう古いの?」
「そう、ですね・・・竣工時からあるので、そろそろオーバーホールが必要かと」
何処か緊張したような口調が耳に届ききったところで、エレベーターが目的の階に到着する。
扉が開き、やはり先に降りるように促す彼に従い、廊下に出た。
「お疲れ様でした」
そう残して去っていく男の姿をしばらく目で追い、彼とは反対方向に歩き出そうとした時
今降りたエレベーターが再び上がっていくことに気が付いた。

□ 98_矜持★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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