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螺旋(7/8)

仕事の波が落ち着き始めた初秋。
月に一度の部内全体ミーティングの場で、半期決算の見通しが伝えられた。
「各課とも、目標は達成。まぁ、合併して最初の決算にしては良い結果だろう」
いつも表情を崩さない部長の顔は、相変わらずの仏頂面だったものの
その声には、僅かばかりの安堵が覗いていた。

「後は、効率を上げていく方法を考えろと・・・三課が指摘されたのは、そんなところです」
部課長会議を終えた福森課長は、安住さんと俺にとりあえずの報告をしてくれる。
「事務所の選定だったり、デベロッパーの選別だったり、ですか」
「新規顧客の開拓もあるでしょうね。老健施設なんかは、ウチの会社自体で手薄ですし」
「老健は消防が複雑ですが、住宅より利益率は良いような気がします」
「近頃は、敷地内のマンションと老人ホーム一括で開発するデベロッパーもありますから」
混乱の中で何とか結果を出したという達成感が、課長の表情に覇気を与えているように見えた。
その姿に、ずっと心に抱えてきた迷いへの答が浮かんでくる。


現地調査に出かけ、とりあえず荷物だけでもと思い、会社へ立ち寄った夜のこと。
照明が落とされた廊下で、帰り際の上司と鉢合わせた。
「お疲れ様です。今、お帰りですか」
「ええ・・・ちょっと急いでるので、報告は、また明日」
数日前から余所余所しい雰囲気があったのは確かだった。
仕事の流れは順調だし、諍いがあった訳でもない。
「福森さん、最近、何か・・・」
「別に、何でもないですよ。気にしないで下さい」
俺から顔を背けたままで発せられた一言が、疲労も相まって苛立ちを生む。
去っていこうとする肩を掴み、傍の非常階段に無理矢理連れ込んだ。

壁を背に立つ彼は、やはり、俺と目を合わせることはない。
「あからさまに避けるの、止めて下さい。私が、何かしましたか?」
「何でもないって言ってるじゃないですか。そんなつもりありません」
「そんなはずないでしょう。不満があるなら・・・」
「違います。そうじゃない」
「じゃあ、何なんですか。はっきり言って下さい」
少し強くなった口調に、やっと上司の顔が上向く。
鋭い目つきの中に漂う切なさが、気持ちを少し萎縮させた。

『後、ホントかどうか知らねーけど、ゲイだって噂があるらしいぞ』
『マジで?それは幾らなんでも作り話だろ』
『女が嫌いだか、苦手だかって』
『それだけでそんな噂立てられちゃ、たまんねーな』
『もう、その辺で止めとけって・・・』

福森さんにまつわる種々の噂は、大半が良くないものだ。
「僕に関すること、いろいろ聞いているかと思います。殆どは、嘘っぱちですけど」
信憑性はどうあれ、当人の心を少しずつ傷つけているのは確かだろう。
「くだらない作り話なんか、気にすることないでしょう」
「確かに、ある程度のことは気にしないでいられるようになりました。・・・でも」

『あることないこと噂するの、もう止めてくれないか』
『あることないこと?ホントのことだろ?』
『オレ一人なら良い・・・でも、関係のない部下まで巻き込むなって言ってるんだ』

同じスタートラインに立っていたはずが、いつの間にか先を行く同期。
足を引っ張らずにいられない子供じみた嫉妬心に同情できない訳じゃない。
「僕は今まで、大切にしたいと思えるものがなかった。だから、何にでも盾突くことができた」
恐らく、あの時の男の態度を鑑みるに、貶める対象が俺にまで広がったのだろうと、思っていた。
「今は、大切なものが・・・それを、どうしても守りたいんです」
けれど、不意に歪んだ彼の表情に、その単純な考えが揺らぐ。
答を聞くべきかどうか、一瞬、躊躇った。
「・・・どういう、ことですか」

妄想と作り話の中に紛れた一つの真実に、彼と対峙することで、薄々気づき始めてはいた。
「彼女を傷つけまいと、カミングアウトしてしまったのが・・・間違っていたんです」
女からの告白を、彼は自らが同性愛者であることを理由に、受け入れなかった。
秘密にしておいて欲しい、その約束を彼女は守っていたのだろうが
時を経て、その夫が事実を悟り始める。
「何を言われても、否定し続けてきました。それなのに・・・」
尾ひれの付いた噂は、やがて、彼が上司として守るべき存在へと目標をシフトした。
「周りと上手く行き始めているのは、部下と、デキているからだと」
「馬鹿馬鹿しい。それこそ、鼻で笑ってやればいいじゃないですか」
「そうなんです、そうなんです。けど・・・」
「私のことを気にかけて下さっているのなら、結構ですよ。そんな話、気にもなりません」
わざと軽い口調で諭すも、上司は再び顔を伏せ、口をつぐむ。
「・・・僕が、耐えられないんです」
心情を吐露し、崩れるようにしゃがみ込んだ男は、頭を抱えて謝罪の言葉を繰り返す。
彼の大切なもの。
それが何だったのか理解した瞬間、矢庭に鼓動が早くなった。


静かな吐息が響くだけの無機質な空間に、どのくらい佇んでいただろう。
「・・・先に、帰って下さい」
震える訴えが、相変わらず蹲ったままの身体から聞こえてくる。
放っておける訳もなかった。
跪き、彼の肩に手を置くと、その身体が酷くビクつく。
「一緒に、帰りましょう。もう、大分、遅い」
赤の他人からぎこちない上下関係を経て、やっと理想の信頼関係を築くまでになった。
"どっち" を選ぶか、その問いの答も、自分の中では固まっていた。
だからこそ、首を横に振りながら上司が呟いた一言が、どうしても許せなかった。
「僕は、やっぱり・・・一人でいるべき人間なんです。信頼なんて、僕には必要ない」

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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