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螺旋(4/8)

GW明けの月曜日。
予想通りの展開に、溜め息も出てこなかった。
「後2週間しかないのに、こんな進捗状況で大丈夫だと思ってるんですか?」
エルテックから送られてきた図面は殆どが未完成で、住戸詳細図に至っては手つかずの状態。
休み前には順調に進んでいると言っていたのに、案の定、というところだろう。
「予想以上に数があって・・・」
「それは、図面リストを提示した時点で分かっていたはずです」
いつも横柄な態度が、この時ばかりはしおらしく偽装される。
「数を見越してスケジュールを立てるものじゃないですか?大きな設計変更もなかったでしょう?」
侮辱されているという意識が感情を逆撫でしていることは、自分でも分かっていた。
無為な時間を過ごしたところで、図面が仕上がる訳でもないのに。
「とにかく、何としてでも上げて下さい。また来週、進捗を伺いますので」
「ちょっと、物理的に無理が・・・」
「ご自分が言っている意味が、分かってますか?」
ふと、こちらを窺っていた課長と目が合う。
声のトーンを、少し下げた。
「結果如何によっては、福森課長の進退にも影響しますよ?そうなれば、そちらも困りますよね?」

電話が終わり、一連の報告を上司に行う。
「最悪の状況になる前に、手を打つべきかと思います」
スカスカな図面を手渡しながら、素直な意見を課長にぶつけた。
「パーセンテージとしては、どれくらいですか?」
「5割も行っていない感じですね。特に住戸詳細が全く」
「・・・参ったな」
課長にフォローして貰うから、根来にはそんな軽口を叩いたが、実際この物件の担当は俺だ。
完了できないとなれば、当然矢面に立たされる。
現状、他の物件については落ち着いていることだけが幸いだろうか。
困惑の表情で図面を捲る課長を視界に入れながら、自分の作業予定を組み替えていく。

「一応、僕からも話しておきます。もし、それでも厳しいようなら・・・」
俺を見上げる眼には、追い詰められた末の諦めが映っているように見える。
また、今までのように、一人で困難を乗り越えようとしているのだろう。
過去の温情がこじれてできたしがらみ。
断ち切るには、彼自身に事態の収束を任せないことが一番だと、思った。
「課長の手は煩わせませんよ。私の担当ですので、私が何とかします」
「いえ、でも、エルテックに依頼するよう指示したのは、僕ですから」
誰かの不手際のせいで、誰かが泥を被る。
それは、会社という組織で部下を持つ者にとって仕方の無いことだ。
ただ、上司が率先して全てを抱え込んでしまったら、部下の立つ瀬がない。
「でしたら、作業内容の変更と、それに伴う見積りの減額要求をして頂いて良いですか?」

結局、手が付いていない図面については俺がスケッチを描き
先方にはCAD入力と微調整だけを依頼する形にすることとなった。
もちろん、それに伴い見積金額は何割かカット。
併せて依頼するはずだった実施図については、他の事務所に引き継がせる約束も取り付ける。
残業時間が倍増し、数日徹夜をする羽目にもなったが
以前にも増して不機嫌になった電話口の声を聴きながら、これで良いんだと、自分を納得させた。


やっとの思いで申請図を提出した翌日。
根来の事務所から再び上がってきた実施図用の見積書を、課長に提示した時のことだった。
「福森課長、外線2番にお電話ですが」
「何処からですか?」
「それが、あの・・・兵庫県警、から」

俺がその場を外してから10分以上、上司は終始沈痛な表情で応対を繰り返していた。
動揺しているのか、受話器を持つ手は明らかに震えている。
電話が終わり、しばし呆然としていた彼に、安住さんが声を掛けた。
一言二言やり取りをし、二人は部長の席へ向かっていく。
深刻な事態であることは一目瞭然で、隣に座る部署の後輩と思わず顔を見合わせた。

「香椎、ちょっと」
安住さんの声に呼ばれ、視線を移す。
そこに課長はおらず、部長と副課長だけが神妙な面持ちでこちらを見ていた。
軽い緊張感に包まれたまま、二人の元へ急ぐ。
上司たちは目配せで発言権を譲り合い、最終的に権利を手にした安住さんが口を開いた。
「福森君の父親が、見つかったらしい」
「え?」
「自殺らしくてな・・・さっきの電話は身元確認の要請だったようだ」

幼い子供を捨てた父親は、つい最近まで、遠い親戚伝いに息子の安否を聞いていた。
僅かな所持品の中には、彼の名が記された遺書があったという。
「とりあえず忌引休暇を申請するように言ってあるから、仕事引継ぎの打合せの用意をしてくれるか」
「分かりました。・・・で、課長は?」
「だいぶショックを受けてるみたいでね」
溜め息混じりの声で言いながら、安住さんはフロアの向こうの廊下に目をやる。
「立ち直ってくれると、良いんだが」


探していた男は、トイレの洗面カウンターに手を付き、頭を項垂れたまま肩を震わせていた。
俺の気配で顔を上げた上司と、鏡越しに目が合う。
目を赤く腫らした彼は、当然普段の姿とは全く違って見えて、副課長が案じるのも無理はないと思わされた。
「・・・大丈夫ですか」
「ええ、すみません。大丈夫です。仕事の引継ぎの件ですよね」
「一先ず、今いる面子で分担して、後程振り分けます」
「ありがとうございます。でも・・・」
無理矢理口角を上げ、憂いを振り切るように顔を洗う。
ペーパータオルで流れていく水滴を拭き取り、ゴミ箱へ投げ入れた。
「定時まではやっていきますんで、皆さんが揃ってからでも良いですよ」

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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