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螺旋(6/8)

「あることないこと噂するの、もう止めてくれないか」
盆休みを控え、前倒しの予定が増えてきた盛夏の頃。
気晴らしに向かった喫煙所の前で、よく知る声が聞こえてきた。
「あることないこと?ホントのことだろ?」
「オレ一人なら良い・・・でも、関係のない部下まで巻き込むなって言ってるんだ」
「自業自得だろ?福森、課長」
「まだ、あのこと、根に持ってるんだな。最終的に勝ったのは、お前じゃないか」
「だから何だよ。オレはな、一度でも、お前に負けたってことが納得できねーんだよ」
上司とは真逆の、低くしゃがれた声が聞こえた直後、何かがぶつかるような激しい音が扉の向こうから響く。
「・・・話逸らしてまで、否定したくねぇってか」

相手も、恐らく社員だろう。
そして、上司にタメ口を聞いているところから、同期か先輩か、それくらいの関係だと察しがついた。
扉に手をかけ、勢い良く開く。
目の前にあったのは、まさに、課長が男に胸倉を掴まれて壁に押さえつけられている姿だった。
「何やってんだ」
極力抑えたトーンの声に、男は振り返り、怪訝な顔で俺を見る。
そうかと思うと、舌打ちをしながら上司の身体を放し、不敵な笑みを浮かべた。
「別に・・・ああ、あんた。こいつの部下か」
この場に俺たち三人しかいなかったのは、幸いだったように思う。
「言葉遣いに気をつけろ。俺は課長の部下であって、お前の部下じゃない」
「あー・・・そうっすね。すんません。心労、お察ししますよ」
わざとらしい軽い口調が癪に障ったが、表情には出さなかった。
こちらへ向かってきた彼は、耳元で謝意の無い謝罪の言葉を残す。
「お騒がせしました。ごゆっくり」

出ていく気配を背中で探りながら、正面に立つ若者に視線を送る。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。すみません、何か・・・」
ネクタイの無い襟元を正しながら、上司は視線を足元に落としたまま答えた。
「いえ。それなら、良かった」
適当な距離を空けた位置に立ち、煙草に火を点ける。
「福森さん、煙草吸われるんでしたっけ」
「ずっと、止めてたんですが・・・いろいろあって、何となく」
吸わない方が良いですよ、そんなことを俺の口から言える訳も無く
溜め息のような深い息と共に吐き出されていく煙を、ゆっくりと目で追った。

「・・・さっきの、同期なんです。彼は、総務部ですけど」
煙草を吸い終えるタイミングで、俺が敢えて触れなかった話題に、上司は自ら踏み込んだ。
「そうなんですか」
漏れ聞こえてきた断片的な会話の内容は、知らなかったことにした。
「もう一人、女性の同期もいて。3人で、たまに飲みに行ったりしてました」

それは、余りにもありがちな展開だった。
女が一人の男を好きになり、もう一人の男が横恋慕をする。
告白を受けた福森さんは女を振り、結果同期の男は女を手に入れた。
最終的に二人は結婚したにも関わらず、それでも男は、その勝利を甘受してはいなかった。
「気に食わない男が、自分の妻をかつて受け入れなかったことに、納得できないんでしょうね」
身勝手すぎる独占欲。
或いは、自分は次点であるのかも知れないという恐怖心か。
どんな結末を迎えようとも、男たちの間の溝は、一生埋まることはないのだろう。


「何か、お前から聞いてた話と、随分違う感じだな」
福森課長が席を外した隙に、程々酒が入った根来は率直な感想を口にする。
「ああ・・・最近、ちょっと肩の力が抜けたってところじゃないか」
一度、改めて顔合わせの席を設けて欲しい。
上司にそう頼まれ、この夜、課長と元同期と三人での酒席を手配した。
遣う側、遣われる側、よく知る二人が腹の探り合いをする様を、傍観者気取りで眺めていたが
どうやら、向かいに座る男は幾分拍子抜けしたらしい。
「もっとしたたかな感じかと思ってたよ」
「頑なではあるけど、裏は無いな」
「なるほど・・・ま、後はもうちょっと単価を上げて貰えば、言うことないってとこか」

不意に間仕切りの向こうに目をやった男は、声のトーンを少し落として問いかける。
「で、例の話はどう考えてるんだ?」
彼と違う道を歩み出した時から示されている、一つの提案。
合併当初は、頻繁に思考の隙を突いて頭を過っていたが、最近では、めっきり考えることが無くなった。
「ウチの会社、リタイア近い人が多くてさ。後一人二人補強しようって話になってるんだよ」
「今は・・・あと少し、待てねぇかな。せめて、半期の結果が出るまで」
「ここ逃すと、難しいかも知んない。中堅どころに絞って募集するって言ってるし」
視線を上げた根来が、目を細めて彼方を見やる。
「・・・ま、早めに、どっちか選んでくれ」
「どっちって・・・何だよ」
瞬間、隣に人の気配が戻ってきた。
「大分混んできたみたいですし、そろそろ、いい時間ですかね」


大型施設と違い、住宅は薄利多売のサイクルで動く必要がある。
否が応にも抱える物件は増え、上司二人も査図や計算書の作成を担うことが多くなってきた。
「香椎、東電の内線規程借りていいか」
「それくらい、全部頭に入ってるんだと思ってましたけど」
「現場離れると、あっという間に消えていくんだよ。お前も20年したら分かる」
目尻に深い皺を寄せ、本を受け取りながら安住さんは苦笑する。
「ま、ここが正念場だからな」
目次を辿りながら、彼はそう呟いた。

半期決算には、各部署ごとに目標の利益率が掲げられている。
漏れ聞いたところによると、今の段階で目標がクリアできるかどうかのライン上にあると言う。
もちろん、各社員のボーナス査定、ひいては部署の営業方針をも左右する。
城南単独でやっていた頃は、その数値を下回ったことは無かったらしく
ここで数字を下げてしまえば、元の会社の矜持まで傷つけることになるだろう。
今は無くなってしまった会社とはいえ、ここまで育ててくれた恩がある。
それはきっと、仰け反る様に顔から本を離し、顔をしかめている副課長も、同じ思いのはずだ。

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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