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螺旋(5/8)

俺たちは、この人にとって、未だ背中を預けられる存在ではないのだろうか。
良かれと思って言っているのだとしても、納得できる訳もない。
「・・・定時まで、ですか?」
「本来は、もっとやっていくべきなんでしょうが・・・」
「そうじゃない。逆ですよ。今すぐ、帰るべきだって言ってるんです」
「でも、それじゃ、皆さんに迷惑を・・・」
「何でも一人で抱えて、一人でやりきることが、誰の迷惑にもなってないと思ってるんですか?」
つい厳しくなった口調に、年下の男は素の表情を覗かせる。
「部下としては、そんな上司の姿見せられんの、いい迷惑なんですよ」
こんなタイミングで言うことじゃないと分かっていても、止められなかった。
「私たちを如何に信頼してないか、公言してるようなもんですからね」

鋭く、潤んだ瞳が、目線のやや下辺りから俺を真っ直ぐに捕らえる。
「・・・じゃあ、オレに、どうしろって言うんだよ」
やり場のない怒りに、その声は震えていた。
「なりたくもねぇ役職付けられて、周りから散々妬まれて、年上の部下に毎日気ぃ遣って」
若者の掴み掛らんとする気迫に押されながら、ヒートアップしていく感情を抑え込むように言葉を発する。
「貴方は、分かってない」
「はぁ?何が?」
「私たちは、敵じゃない。味方なんです」
憤懣が宙に浮き、彼は言葉を失う。
自分が四面楚歌ではないことを、やっと、信じる気になったのかも知れない。
「でも・・・」
「他の部署の奴らの言うことなんか、気にしないで下さい」
幸いにも、彼の部下たちは皆一人で業務をこなすことができる経験者ばかり。
だからこそ、技術者としては認めつつも、管理者としては歯痒い想いを抱えていた。
「少なくとも、私は・・・私たちは貴方に期待してるんです。上司として、その気持ちに応えて貰えませんか」


部署に戻ると、打合せに出ていた後輩が既に戻ってきており、偶然にも全員が顔を合わせることができた。
課長の今後一週間のスケジュールを確認し、振り分けできるものを列挙していく。
管理職権限で行う月に一度の考査は、幸い終わったばかり。
その他の見積り・請求の決済や、管理職会議への出席は安住さんが代行し
各物件の査図、客先や事務所との顔合わせは俺が行う。
その他、課長自身が抱えている物件については、3人の部下がそれぞれ1物件ずつ受け持つこととなった。

「あと、先ほどの見積もりなんですが」
手帳に追加のスケジュールを書き込む俺に、課長が声を掛けてくる。
「あれは・・・まだ時間がありますから。戻られてからでも」
「いえ。あの金額で、正式な見積書を送って貰って下さい。前のことも、ありますから」
伏し目がちの表情で心が上手く読み取れない。
とはいえ、俺が見ても吹っかけ気味の金額に、上司が納得している訳は無かった。
部下の返事が滞っていることから、そんな杞憂を読み取ったのだろう。
「その代わり、次に繋がる仕事を期待してますね」
不意に見せた穏やかな顔に、了承の言葉を返すことしかできなかった。

「本当に、ご迷惑をおかけします」
小さく頭を下げる福森さんに、安住さんはその肩を叩きながら声を掛ける。
「いろいろ考えることもあるでしょうが、これを機会に、肩の荷を下ろす練習をしても良いと思いますよ」
常に気を張っていた姿が、大きな負の感情で解けていく。
自分がぶつけてしまった言葉を悔いながら、それでも彼が、乗り越えてくれることを願っていた。

葬儀はしないとの連絡が入ったのは、彼が兵庫へ向かった翌日のこと。
火葬だけを済ませ、都内の共同墓地に埋葬するのだという。
社内規定で決められた香典を社名で送る以外、俺たちが上司にできることは無く
ただひたすら、自分の仕事と、引き継いだ仕事をこなす日が続いた。


「おはようございます」
若干やつれ気味の身体を引き摺り、彼は一週間経たない間に復帰する。
思いの外、各種手続きが迅速に終わったからだ、と作り笑いを見せつつ自席に着くと
机の上には部下たちがまとめた書類や報告書が並んでおり、そこに視線を落とした後、再度顔を上げた。
「あの・・・ちょっと、皆さん、集まって頂いて良いですか?」

いつもなら各々が各々の予定を確認し、当日のスケジュールを組み立てる始業10分前。
図面が散乱していた作業机を片づけ、部署の面子が顔を合わせる。
遅れてやってきたのは、住宅チーム専任の営業と、CADグループのチーフ。
「4ヶ月も経って、今更、という感じではあるんですが」
総勢10名ほどの社員の前で、課長はそう切り出した。
「これから、こういう感じで毎朝ミーティングをしていきたいと思います」

誰がどのような作業で動いているのか把握しておきたい、というのに加え
それを互いが認識し、更にどのようなフォローが必要なのかを調整する為だ、と上司は語った。
今までは各自が上司に報告するだけで、隣の席の後輩の状況すら、自分から探らないと分からなかった。
正直、それで仕事は回っていたし、問題はないと思っていたけれど
福森さんは恐らく自戒も込めて、このようなやり方を選んだのだろう。
若干戸惑いを感じさせながらも、その場にいた全員が彼の提案に異論を唱えることは無かった。


部長の決裁が必要な書類を手に、課長が席を立つ。
横目で彼を追う安住さんが、安堵するように呟いた。
「あれが、彼なりの荷の下ろし方、か」
現在携わっている物件が終わり次第、設計業務から手を引く。
今後は対外的な仕事に注力するつもりだと、何処か寂しげに言った表情が、印象に残っている。
「正面切って言ってくれるような人間が、居なかったんですかね。今まで」
無意識の内に答えた言葉で、副課長の視線がこちらを向く。
「お前、何か言ったのか?」
「え・・・いや、まぁ・・・ちょっと」
「そうか・・・何にせよ、これで一安心だな」

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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