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螺旋(3/8)

幼いころに父親が失踪し、働きに出ている母に代わり、祖父母に育てられた。
その母親も、過労が祟り大学進学直前に亡くなったという。
「え、でも、大学出てるって」
「奨学金貰っただかしたらしいけど」
「若いのに苦労してんだな」
電気工事技師だった祖父の仕事を幼い頃から見てきたからか、彼も同じ道を目指したらしい。
しかし、期せずして設計事務所へ就職したことを、自身は今、どう思っているのだろうか。

大型連休の狭間、元の部署連中が久しぶりに集うことになった。
元上司の鶴の一声だったが、当の本人はまだ顔を見せていない。
「安住さん、おせーな」
「俺が出てくる時は課長と打合せしてたけど。もう来るんじゃねぇか?」
「しかし・・・あの人、やたら若殿に肩入れしてるみたいじゃん」
「まぁ、昔から面倒見は良いし。頭が潰れたら、俺らだって困るからな」
実際、同じグループに所属しているからといって、いつも顔を合わせている訳ではない。
現場定例や打合せ等で席を外すことが多い俺たちに比べて
決まった物件を持たず、文字通り課長の補佐役である安住さんの方が、課長とは馴染みも早い。
とはいえ、本来なら部長クラスまで出世してもおかしくはない人材であるはずなのに
自身の息子とそう歳の変わらない上司をフォローする姿に、居た堪れなさを感じるのも確かだった。

「そういや、あいつ元城南組からも疎まれてるみたいだな」
「何でだよ?一人で電設引っ張ってきたんだろ?」
「だからだろ。何でもかんでも自分でやろうとするんだとさ」
「めんどくせー奴。だったら役職なんか辞退して、一人で黙々とやってろ」
いけ好かない奴の悪言ほど、旨い肴は無い。
男たちの口は、酒の力もあってか段々と饒舌になっていく。
「後、ホントかどうか知らねーけど・・・」
「マジで?それは幾らなんでも・・・」
信憑性の乏しい話でも、興味をそそれば構わないのかも知れないが
俺だって、若い上司に良い感情を持っているとは言えないまでも、彼らよりは近しい距離にいる。
「もう、その辺で止めとけって・・・」
形式ばったフォローは何の効も奏しない。
とりあえず盛り上がる会話から意識を逸らしつつ、煙草に火を点けながら
何処か不信感を漂わせる雰囲気は、こんな状況から作らざるを得なかったのだろうと、勝手に同情してみた。


「お前たち、上司の陰口で盛り上がるのはいい加減にしておけよ」
座敷の小上がりに腰を掛けて靴を脱ぐ中年の男は、騒がしい集団をそう言って諌める。
「・・・あ、お疲れ様です」
「すんません、つい」
「ま、気持ちは分かるが、程々にな」
俺の前に座った副課長は、バタバタとやってきた店の女将からおしぼりを手渡されると
ついでにビールを注文し、顔を数回拭い、大きな溜め息を吐く。
「福森さんは、もう帰られたんですか」
「ああ、もうすぐ帰るって言ってたぞ」
「そうですか」
程なくやってきたビールジョッキを小さく掲げ、一気に飲み干していく元上司に、誰かが問うた。
「安住さんは、正直どうなんすか。あんな若造の下にいるって」

半分ほどになった酒を手元に置いた彼は、一本、と言って俺の煙草を拝借していく。
「満足してるぞ。お前たちは憐れんでくれてるのかも知れんが」
誰もが予想していなかった言葉に、場が一瞬静まった。
「むしろ、オレは福森君の気持ちがよく分かるからな。少しでも助けになれば、と思ってる」
「どういうことですか?」
「前の事務所が独立する前だから、もう、20年以上経ってるか」
吐き出された煙が、くすんだ天井に向かって流れ、消えていく。
「オレも、35手前で、課長に昇進したんだよ」

安住さんがまだ係長だった時代、彼の所属していたグループで機密漏洩を犯した社員がいた。
某メーカーの工場建設図面をライバルメーカーに横流ししたとして、会社が訴えられたという。
何とか示談に持ち込んだものの、以降、そのメーカーとは取引停止となり
懲罰人事として、課長・課長補佐がそれぞれ降格処分とされた。
「人材が不足してた訳じゃないと思うんだがな。何故か、オレに白羽の矢が立った」
そこで空いた課長のポストに据えられたのが、安住さんだった。
「酷いもんだよ。辞令が出てからは、年長の社員が全員敵に見えたもんだ」
前例の無い30代での課長昇進は、当然のことながら周囲の醜い思惑の渦を大きくする。
やがて嫉みは彼だけに収まらず、その部下にまで伝播していった。

「当時目をかけてた部下がいてね。女性だったんだが」
今でも希少な存在である女性技術者を、若き課長は大いに買っていたらしい。
新婚だった彼女は、それでも男たちの中で懸命に仕事をこなしていた。
課長昇進から3ヶ月ほど経ち、彼は部下から妊娠の報告を受ける。
「今とは時代が違う。あの頃は、女に対してえげつない輩も多くてな」
ギリギリまで頑張ると笑っていた部下の表情は、ある一つの噂で暗く沈むことになった。
「オレとの不倫の末にできた子供だって言いふらした馬鹿がいた」
「・・・最悪っすね」
「だろ?聞き流せ、気にするなとは言ってたんだが・・・」
「どうしたんですか、彼女」
「しばらくは耐えてた。でも、結局辞めてったよ」

空になったジョッキを脇に寄せ、上司は過去の後悔を眉間の皺に滲ませる。
「設計のセンスは抜群だった。そんな逸材を、あんなつまらないことで失ってしまった」
煙草の箱を差し出すと、小さく頷いて一本抜き取った。
「まぁ、あの時と立場は違うが、若い芽を摘んじまわないように、オレなりに考えてるんだよ」
炙られた先端から揺らぐ煙が上がる。
「・・・同じ轍は、もう踏みたくないんだ」

夜、照明を落としたオフィスでパソコンに向かう課長の姿が脳裏を過る。
あの若者が優秀な人間であることは、方向性はどうあれ、皆が認めているところだ。
何でも一人で抱え込んでしまうやり方は、副課長のアドバイスもあってか多少改善されてきているが
そうはいっても、周りとの見えない壁は、依然として高い。
「どうして会社は、わざわざ風当たりの強い場所に彼を置くんですかね」
「それだけ期待してるってことなんだろう。やり方が正しいかどうかは別として」
「ますます孤立するだけなんじゃ」
「なら、こっちから引っ張ってやれば良い」
意味ありげな笑みを浮かべた安住さんは、通り掛かった女将にビールを追加注文する。
「今の彼には、周りが敵だらけに見えてるだろうが・・・お前は違うだろ?」
「・・・え?」
「まだまだ先は長い。味方同士、手を取り合って登っていけたら、良いと思わないか?」

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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