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螺旋(1/8)

「お前、どうすんの?本当に残るのか?」
会社の近くの飲み屋で、ハイボールを煽る同僚はそう尋ねてきた。
「どうすっかなぁとは思ってるんだけど・・・イマイチ踏ん切りがつかないんだよな」
「今までみたいな仕事はできなくなるかも知れないんだぞ」
「それは、分かってる」

大卒で空調機メーカーの技術営業の職に就き、5年勤めた後で転職した電気設備設計事務所。
電気サブコンの設計部門が独立してできた会社は、来春、大手の総合事務所と合併することが決まっている。
表面的には対等合併とされていたが、実際のところは吸収合併であり
事業内容や組織改編についても、先方の会社が有利に進むであろうことは容易に想像できた。
上司や同期の中には、これを機に会社を離れる者が出てきており
目の前で管を巻き始めた根来も、先般、他の設計事務所への転職を決めた一人だ。

同じ年の彼は、俺とは違い事務所の生え抜きで
電気系インフラの施工会社に出向していた期間が長く、動力系の設計に於いては社内でも一目置かれていた。
一方で、俺が得意としているのは自動制御全般。
「ウチ、制御系が弱いから、マジ助かるよ」
入社したての頃は、慣れない雰囲気に戸惑う俺を適当にあしらいつつフォローしてくれていて
こいつのお陰でどれだけ助かったかと、口に出すことは無いまでも、ふと思い返すことがある。

「オレとしては、もうちょっとお前と仕事してたいんだけど」
「俺も・・・そうは思ってる、けど」
あれから6年、互いに信頼関係を築きながらやってきた。
酒の勢いで、二人で事務所でも立ち上げようかとの話になったこともあったが
同僚の転職の意思を聞いた時、同じ道を歩む決心はつかなかった。
彼が次の職場に選んだのは少数精鋭の電気設備設計事務所で、個々人の実力がものを言う組織。
正直俺は自分の実力に自信を持てていないし、彼の足を引っ張るのではないかと言う不安もあった。
「吸収されたら、当然待遇も変わるだろ?」
「まぁ、そうだろうな」
「どうすんだよ、あっちの会社の若い奴が上司とかになったら」
「あぁ・・・まぁ、どうすっかな」
真摯な誘いをのらりくらりと交わしている内に、恐らく決断のタイミングは逃してしまったのだろう。
日和見がちな俺の性格を知っている根来は、この日も、諦観の溜め息を吐きながら煙草に火を点ける。
「とりあえず、その気になったら言ってくれ。できる限り、推しとくから」
「分かった。ありがとう」


合併先となる城南総合設計は、元々意匠・構造系の設計事務所だった。
それが総合設計へと方向転換し始めたのが一昨年のこと。
集合住宅やデザイナーズ物件を主軸に展開していた事業を、商業施設やプラント系にも広げる為
去年・今年と立て続けに設備系の事務所を吸収した。
事務所ビルからプラント・工場まで手掛けるウチの会社は、合併相手としては最適だったのだろう。
労せず新たな顧客を手に入れられることも、彼らにとっては大きなメリットになる。

けれど、合併の2ヶ月前、正月休みに入る直前に配布された一枚の組織編成表が
両者の立場が対等ではないことを改めて突き付けた。
先方にも電気設備を統括する部署があり、そこに在籍する社員は5人。
こちらの会社の社員は、現状残っているだけで、社長以下25人。
社長は顧問となり、専務は執行役員、二人の部長の内、一人は電気設備部の部長となり、一人は次長へ降格。
3つに分けられたグループの頭に座る課長職は、二人がウチの会社から、一人は先方の社員が就く。
ポストからあぶれた現課長は副課長というポストを与えられ、係長・主任クラスも半数以上が任を解かれた。
CAD・営業チームは機械設備と統合され、全く違う部署となる。

「住宅とか・・・貧乏くじ引いたな、香椎」
俺と同様、係長職をスライドできた先輩が、興味深げに声を掛けてくる。
事務所ビル・商業施設、工場・プラント、住宅の3つの課に分けられた中、俺の配属は住宅のグループ。
今の直属の上司である安住さんが副課長になるとは言え、課長は城南の社員だ。
「しかも、この福森って奴、かなり若いんだろ?あっちの電設では頭張ってるらしいけど」
「マジですか」
適当にやり過ごしたはずの根来の冗談が、実際の話になって身に降りかかる。
想像以上に憂鬱さが増した。
「ま、オレらの上の人の方が、もっとやってらんない気分だろうな。安住さんなんて、もう定年近いのに」
「確かに・・・そうですね」
只でさえ少ない役職の椅子。
役職手当の代わりに別の手当てで給与の減額分を補填するということらしいが
20年以上会社を支えてきた40~50代の社員にとっては、成果であり褒賞でもある。
それを取り上げられた上、見知らぬ若い男が攫っていったとあれば、心情的に遣り切れないのは当然だろう。
彼らに比べれば、年下の上司を持つことくらい、まだ諦めがつく範疇なのかも知れない。


大所帯となり、新たなオフィスへ移転した2月の末。
電気設備部が置かれる6階の窓からは、高度の低い、柔らかな日差しが射しこんでいる。
「福森です。不慣れな点もあるかと思いますが、宜しくお願いします」
新しい上司は、そう言って小さく頭を下げた。
課長・副課長・係長と平社員3人の小さな所帯が、三課の面子。
殆どは見知った顔だったものの、安住副課長の勧めで名刺交換をする。
「香椎です。住宅はあまり経験が無いので、ご教授宜しくお願いします」
「こちらこそ・・・何かあれば、ご進言ください」
日差しを背に受ける若い男は、恐らくまだ30代になりたてといったところ。
細かな瞬きが、幾ばくかの自信と、大きな不安が入り混じる心情を教えてくれた。

□ 89_螺旋 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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