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空疎★(7/7)

週明けの会社は、騒然としていた。
廊下の掲示板の前には、数人の人だかりが出来ている。
複雑な表情で立ち尽くす同期に声を掛けた。
「どうした?」
「ああ、引地さん・・・」
そこまで言って、彼は俺の耳元で囁く。
「左遷らしい」
「何で?」
「さあ?」
貼り出されていたのは、一枚の辞令。
引地さんに対する、子会社出向の命令が書かれていた。
しかも、日付は今日付け。
「突然過ぎないか?抱えてる案件は・・・」
「それで、今日は朝から会議だとさ」
「最悪・・・」

ふと背後に気配を感じる。
振り返ると、俺の後ろに川端さんが立っていた。
「あ、おはようございます」
「・・・おはようございます」
いつものような挨拶を口にしながら、彼の目が一枚の紙に向かう。
瞬間、その口元に歪んだ笑みが広がった。
あまりに不気味な表情に、背筋が寒くなる。
視線に気が付いたのか、彼は表情を戻し、俺を一瞥して自席へ向かっていった。


上司の突然の左遷理由が明らかにされた会議室の雰囲気は、何とも微妙な物だった。
一週間前、彼は通勤中に痴漢の容疑で警察に突き出された。
以前から、社内でもセクハラでいろいろと問題になっていた人間。
あいつならやりかねないと思われていたところもあり
会社の方も被害者との示談を済ませ、彼に対しても減給程度の処分をと考えていたらしい。

ところが、被害者の女子高生が撮った写メがネットに流れていることが、客からの電話で明らかになった。
顔だけではなく、社章入り。
会社名や実名までついて流れた情報を回収することはほぼ不可能と判断され
結局、上司を左遷させることで、客に対する信用を取り戻そうということになったそうだ。

本人がどう考えているのかを知る術は無いが、残された部署の人間にとっては堪ったもんじゃない。
彼が取りまとめていた案件は、10件近く。
それぞれを担当していた部下が引き継ぎ、何とか進めて行けとの部長命令が下される。
試用期間であるはずの川端さんも、その影響を被ることは免れない。
例の耐震診断は、彼一人で受け持つこととなった。

どうしようもない人間だったとは言え、経験値の高さは否定出来ない。
責任者を失った中での仕事は、思った以上に困難だった。
郊外の物件が多く、調査を済ませてから会社に戻り書類を整理する毎日。
向かいの席に座る彼も同じ状況なのか、顔を合わせることは殆ど無かった。


週末の夜。
終電が終わろうと言う時間になっても、報告書がまとまり切らない。
電車で帰ることは諦めよう、そう思いながら背伸びをした時、廊下の方に人影が見えた。

「まだ終わらないの?」
薄暗い中で表情はよく見えなかった。
「ええ・・・川端さんは、今、戻りですか?」
「まぁ、そんなとこ」
ただ、妙に明るい口調に居心地の悪さを覚える。

近づいて来た彼の顔には、明らかに殴られたと思われる傷。
「どう、したんですか・・・その」
「ああ、これね」
薄ら笑いが痛々しさを強調する。
その手が、俺の腕を掴んだ。
「ちょっと、良いかな」


白い壁紙が、疲れた目には眩しく見えるトイレの中。
彼は洗面カウンターの前で振り向き、突然俺の唇を奪う。
首に回された腕が絡みつき、身体が密着する。
唇に舌が這い、開いた隙間から生温かい舌が割り込んで来る。
絡ませる程に広がる、錆び付いた味覚。
口の中まで傷ついていることは、容易に想像がついた。

唇が離れ、その吐息が鼻頭を掠って行く。
「今日の男、僕を殴るのが好きだったみたいで」
「・・・え?」
「でも、クスリのせいかなぁ。あんまり痛くなくってさ」
「川端さん・・・?」
「君が悪いんだよ?僕に、あんな快感擦り込んで」
向けられる目に、挑発的な光が宿る。
「男とのセックスも、悪くないね」
そう言いながら、彼は俺の腰回りを撫で始めた。
「香月君もどう?・・・何なら、ここででも良いよ」

まるで別人のような態度に、心が冷めて行くのを感じる。
俺は、彼が好きだったはずで、彼の全てが欲しいと思っていた。
セックスだって、もちろん、望んでいた。
股間を弄りながら、上目遣いで俺の表情を窺っている彼。
俺が恋心を抱いた男とは、何かが違う。
けれど、変えてしまったのは、俺自身。

「あの男はね、君みたいに、回りくどいことはしない。意図が明確だよ」
スラックスのファスナーを下ろしながら、彼は呟く。
「ただ、快楽の為に男の身体を使う。それだけ」
「俺は・・・」
「気持ち良くなろーよ。くだらないこと、忘れて」
外に出されたモノに彼の舌が触れ、腰が引けた。
ちぐはぐな快感に身体が痺れ、視界が滲む。
こんなはずじゃ、なかったのに。

□ 56_空疎★ □
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蛇女のキス

うわーっ、香月は蛇女にとぐろを巻かれてキスされましたね。
香月はエレベーターの急降下みたいに気持ちが冷えたようだけど、逃げられないわ(笑)。悲劇のような喜劇。『空疎』という題名は悲喜劇を象徴していて、上手いネーミングだと思います。

成る程、プレイは合意の上でする事なんですね。奥が深いわ!

目には目を。

今回、抱えていた裏テーマは "因果応報" でした。
どうして好き勝手やった男に報いも無く、丸く収まってしまうのか。
何処かでそんな言葉を見て、こう言う流れになりました。
結局、無理矢理鞘に収められた格好ですが…。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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