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感謝★(7/8)

二組の布団が、微妙な間隔で並んでいた。
畳敷きの部屋は妙に広くて、少し寂しい感じがする。
窓を開けていると、寒いくらいの潮風が吹きこんで来て、季節感を狂わせた。
「明日、帰るんだろ?」
「うん、秋田から新幹線で」
「あっという間だな」
壁に寄せられた座卓に寄り掛かり、煙草の煙を吹き出す俺に、彼は寂しげな微笑みを見せる。
「もう一泊、してこうか?」
「いや・・・お前の都合もあるだろ?休みも短いんだから」

たまに会うから、こんなに堪らない気分になるのか。
東京へ戻る前の晩は、いつも思う。
こっちに帰って来ようか、と。
そう言う俺に、加賀谷は必ず苦言を呈す。
「仕事なんか、ねぇぞ?タクシーだって、大変だろ。この不景気じゃ」
「そうだろうけど」
でも、そうすれば、いつでもお前の顔が見られる。
そんな言葉を、無理やり飲み込む。

***********************************

「お兄ちゃん、加賀谷さんと知り合いなんだ?」
結婚式の次の日、俺を駅まで送ってくれた妹は、車中でそう聞いて来た。
「ああ、高校で一緒だったんだよ。すげぇ久しぶりに会ったけど」
「その時は、普通だったの?」
幾分怪訝な顔をして聞いてくる妹に、こっちまで訝しげな気分になる。
「何、それ?」
「彼、去年くらいに離婚したんだって」
「・・・そう」
「それがね、浮気が原因らしいんだけど」
「それだけで?」
当然の疑問に、彼女は何処か言いにくそうな口調で事の真相を明かす。
「相手が、男だったって、言うの」

高校3年間の内、加賀谷と寮で同室になったのは3年生の時の1年間。
その間、そんな素振りは一切無かったし、前日会った時にも、変わりは無かった。
「いや、俺は・・・全然」
「もう、家族とも絶縁状態になってるって話だよ」
「そりゃ・・・そうだろうな」
「世間体の為だけに結婚して。自分は男と、遊んでって。最悪」
隣の新妻は、傷つけられた奥さんに自分を重ねているのかも知れない。
ただ、俺にはその経緯が分からない。
ずっと会っていなかったとは言え、旧友のことを一方的に断罪することは出来なかった。


彼の口から事実を聞いたのは、再会から少し経ってのことだった。
「オレは、あの感情が、愛だと思ってたんだ」
彼女と一緒にいたいという気持ち、それは確かだったと言う。
けれど、どうしても身体に手を伸ばすことが出来なかった。
性交渉のない結婚生活に対して不満を感じるのは、当然の成り行きなんだろう。
問い詰められ、自身が同性愛者だと告げた時、彼女はこう言った。
「そんなの、愛じゃない。ただの、エゴだよ」
子供は欲しくない、そう言った彼の言葉を彼女は受け入れてくれたと言うが
彼の心変わりを、何処かで期待していたのかも知れない。
人生の選択の幅が急に狭められたことに、不安を感じたのだろうか。

結局、彼女はしばらくして家を出て行った。
郵送で送られてきた離婚届に判を押し、役所に届け出る頃には、既に他の男の元にいたと言う。
加賀谷が男と浮気したというのは、誰かが流した心無いデマ。
それでも彼は、彼女を悪者にすることなく、一人で全てを被った。
「騙したオレが悪かったんだ。それくらいは、耐えられる」
電話口でそう話す彼の声からは、身を切られるような心情が滲んでいた。


その年の年末、俺は短い帰省をした。
タクシー会社に就職し、ちょうど研修期間中。
生活リズムが上手く形成できず、調子の悪かった身体に、故郷の寒さが堪える。

新幹線のホームには、懐かしい顔が立っていた。
「お疲れ、お帰り」
微笑む表情に疲れた気分が解される。
「ただいま・・・しかし、寒いな」
「今年は雪が少ないからな。それだけ寒いのかも」
「昔、こんなに寒かったっけ?」
「東京の気候に慣れただけだろ?昔に比べれば、大分暖かくなったよ」
そう笑う旧友の車に乗り、彼の家へ向かう。
実家には戻らない。
予め、加賀谷には告げていた。
彼はその理由を聞くことはしなかったけれど、気にかけていることは確かなようだった。

アパートの玄関には、幾つものダンボールが積まれている。
「これ、全部リンゴか?」
つい先日、自宅に送られてきた大量のリンゴを思い出す。
「そ。爺様が送って来るんだよ。米だの、リンゴだの」
彼が実家と絶縁状態にあるのは、事実だった。
その中で唯一、彼の祖父は孫のことを酷く気にかけているようで、事あるごとに連絡をしてくると言う。
「正月だからって、酒と餅も送ってきたから、ちゃんと消費してくれよ?」


自分が抱える過去のことを彼に話したのは、夜も更けて来た頃。
辛苦を誰かと分かち合うことで楽になる、そんな短絡的な思考で及んだ独りよがりな行為。
彼にとっては、迷惑なだけだったはずなのに
何も言わず話を聞いてくれた後、俺の肩を抱き、身体の震えを抑えるように腕を擦ってくれていた。
本当の自分を受け入れてくれた優しさに触れられたからこそ、俺は、今でも前を向いていられる。

□ 50_感謝★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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