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感謝★(1/8)

広い石畳の向こうには、日本海。
珍しく穏やかな姿を見せている海は、何処までも青い。
真夏とは思えない涼やかな潮風が全身を包む。

「恭一、そろそろ電車、出るってよ」
背後から聞こえる声。
「おう、すぐ行く」
振り向いた先に立つ男の顔が、夏の日差しに照らされている。
その晴れやかな表情と、故郷の空気が、改めて自分の気持ちを思い知らせてくれた。
俺は、この笑顔の為に、帰って来ていると。

***********************************

『西船橋駅南口 2230 080-・・・』
夜10時過ぎ。
仕事用の携帯にメールが届く。
メッセージを認め、ポケットに携帯を突っ込んで、家を出る。
アパートの近くの青空駐車場には、俺の唯一の財産であるハイブリッドカー。
ローンは、もうじき完済。
それまでの我慢だ、そう思いながら、缶コーヒー片手に車に乗り込んだ。

国道14号線を走ること20分。
駅の出口から続く階段の脇に、それらしき女の子が立っていた。
指定された携帯番号に、車種とナンバーを記したショートメッセージを送る。
携帯を覗き込んだ彼女は、こちらに視線を送った後、目的地を記したメールを返信してきた。

「おはよーございまーす」
気だるそうに言葉を発した彼女は、後ろの座席に乗り込んだ。
「おはよ」
ナビに目的地を入力しながら、短く挨拶を返し、車を発進させる。
行き先は幕張のホテル。
ここからなら、30分もかからず着くはずだ。

湾岸道路を東に向かう。
行き交う車も、そう多くない。
ぼんやりと車窓を眺めていた後ろの彼女が、ふと口を開いた。
「あたしねぇ、お金貯めたら、田舎帰るんだ」
「へぇ・・・田舎は、何処なの?」
「青森、五所川原ってとこ」
久しぶりに聞く、平板なイントネーション。
つい、懐かしさが込み上げた。
「そう・・・でも、こっちの方が、良いんじゃない?帰ったって、何も、無いじゃん」
「そーだけどさ。でも、やっぱ、帰りたくなっちゃった。疲れるんだもん、都会は」
助手席のヘッドレストを抱えるように身を乗り出した彼女は、俺の顔を眺め、言う。
「おにーさんも、東北の人だよねぇ?」
「え、何で?」
「何か、喋り方で分かるんだよね。そーだな・・・秋田とか、その辺でしょ?」
人差し指の爪に付けられた幾つもの飾りが、対向車のヘッドライトを受けてキラキラと光る。
あどけなさが残る得意顔に一瞬視線を向けて、答えた。
「そ、白神の方」
「超近いじゃん。五能線とか、乗ったりする?」
秋田から青森にかけて、日本海沿いを走る路線。
実家のすぐ近くに駅があり、小さい頃はよく乗っていたけれど
もう長い間帰省してない事もあり、おぼろげな面影しか浮かんで来ない。
「最近、乗ってないな。随分帰ってないし」
「あたしも帰省の時くらいしか乗んないけど、すげー立派な電車とか走ってるよ、今」
「そうなんだ」
あまり思い出したくない、日本海の風景が頭を巡る。
それに被さるよう、視界の中に目的地のホテルが見えてきた。

ホテルの手前の車道脇に車を停める。
小さな鏡で丹念に自分の顔をチェックした彼女は、一つ息を吐いて、車を降りた。
「ありがと。へばねっ」
笑ってそう言いながら、勢い良くドアを閉め、歩道を歩いていく。

見も知らない男とセックスをして、金を貰う。
決して褒められた行為じゃない。
それでも、何かの目標を持っているだけ、彼女の方が立派に見えてくる。
俺は、何だ。
田舎から逃げてきて、日銭を稼ぐ為だけに、非合法な行為に加担している。
帰ろうか。
でも、帰れない。
迷いを振り切るよう、目の前に聳える高層ホテルを眺める。
ここで夜を楽しむ人間と、俺は、何が違うんだろう。
不意に起こった携帯の振動が、そんな不毛な思考を遮った。
『新浦安駅北側 2315 090-・・・』
携帯をダッシュボードに放り投げ、エンジンをかける。
溜め息を引き摺りながら、次の目的地へ向かった。


午前4時過ぎの渋谷。
意識を失いかけた若者たちが、我が物顔で道路を闊歩している。
それを横目に、うらびれたマンションの一室に向かう。
「今日は・・・12人?多いねぇ」
「給料日後の週末、だからですかね」
「他に金の使い道、無いのかってな」
俺の前に座る男は、卑しい笑みを浮かべながら、万札を数える。
「じゃ、これ、今日の分」
無造作に渡されたのは、7枚の一万円札。
「ガス代は、そっから出して」
「分かりました。ありがとうございます」

□ 50_感謝★ □
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切り裂き/ / ジャック

19世紀末のロンドンでの有名な連続猟奇殺人事件。被害者の売春婦は5人。4人は40歳代で、最後の被害者だけが20代なので、最後の事件は便乗犯かもしれませんし、被害者が老けて見えたのかもしれません。
結局、犯人は捕まらず、迷宮入り。同時代の探偵小説ホームズの作家ドイルは犯人を男装の女性と推理しています。
この事件は人々の好奇心を刺激したとみえて、後年、文芸や音楽に色々と題材にされています。

人間は恐怖ですら娯楽にします。お化け屋敷とかホラー映画とか!
でも、中には本物の怖さでないと興奮しない恐ろしい人がいます。吸血鬼よりも変質者の方が、よっぽど怖い!
出張形式の風俗でドライバーが男性なのも、犯罪防止の用心棒を兼ねているんだと思いますね。

想像を超えること。

自分の想像を超える事象に対して、人は興味と畏怖を抱きます。
それは、自然がもたらすことも、人間がもたらすことも総じて。
猟奇的な事件が起こると、どうやったらそう言う思考に至るのか考えることがありますが
想像力が不足しているのか、根本から違いがあるのか
自分なりに納得出来る結論に至らないことが殆どのような気がします。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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