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感謝★(8/8)

大きな窓から、仄かな月明かりが入ってくる。
闇の中で、波の音だけが一定のリズムを繰り返す。
静かな夜だった。
こんな静寂、久しぶりかも知れない。
そう、あの夜も、怖いくらいの静けさが身を包んでいた。

俺の身体の上で、腰を振る母の姿。
言い知れない不安を掻き消していく快感。
顔を両手で包み、俺にキスをした母の一言。
「大好きよ、恭一」
暗がりの天井に、その光景が浮かぶ。
何処かでその至上の快楽を求めながら、自分の身体を慰めるおぞましさ。
どうすれば、全てが忘れられるのだろう。

他の人間に心惹かれることは、裏切り、だろうか。
再会から、それほど時間は経っていない。
顔を合わせたのも、ほんの数回。
それでも、彼の声が、言葉が、俺の空虚な心を埋めてくれる。
あの人の存在を覆い隠すほど、もっと、もっと、満たして欲しい。


俺に背を向けて布団に横たわる身体に、目を向ける。
もう、眠ってしまっているかも知れない。
ゆっくりと、その布団に入り込む。
身体に腕を回そうとした瞬間、彼は静かに呟いた。
「どうした?」
止まった手を、彼は振り向くこと無く、自らの胸元に引き寄せる。
「眠れないのか?」
間近に迫った背中に、顔を押し付けた。
微かな鼓動が耳を通って、身体に沁みてくる。
「加賀谷」
「ん?」
「連れてってよ」
「え?・・・何処に?」
「俺の心も、身体も、全部持って・・・一緒に連れてって」

彼の身体の前に回した手に、唇の感触が纏わりつく。
小さな溜め息が、手の甲を滑って行った。
「・・・何処に、行きたい?」
「お前が行くとこなら、何処でも」
「後悔、しないか?」
「しない」
する訳無い。
今以上の地獄がこの世にあるのなら、俺は、全てを諦める。


振り向いた加賀谷の表情は、僅かに逡巡を浮かべていた。
その腕が俺の頭を抱えるように回り、抱き締められる。
「ごめん」
「何が?」
「こんな・・・」
額に唇の感触が滑る。
「謝らなくて、良い」
唇に促され、彼を見上げるように顔を浮かせた。
月明かりが照らす顔が、優しい眼差しで俺を見ている。
「お前の我が侭、受け止めるくらい、訳無いさ」
友達として付き合ってきた男。
心を埋めてくれる、掛け替えの無い存在。
こんな緊張の中で彼の顔を見るのは初めてかも知れない、そう思いながら、唇を重ねた。

何度となくキスをして、身体を触れ合わせる。
直接的な刺激が無くても、心の昂りが止められない。
誰かを好きになるって言うことは、こんな感じなんだろうか。
俺は幸せ者だ。
加賀谷という男に出合い、交友関係を築き、彼と心を通じ合わせることが出来る。
「なあ」
暗がりの中の顔が、俺に目を向ける。
「何?」
その穏やかな表情に、急に不安が頭をもたげた。
甘え過ぎだ。
自制心が、壊れてる。
「・・・いや、何でもない」
「何だよ?気になるだろ」
鼻の頭を擦り付けるように、友の顔が間近に迫る。
「言わないと、何処にも連れてってやんねぇぞ?」

言葉はいらない。
そんなの、嘘だ。
「俺のこと、どう・・・思ってる?」
一瞬驚いた顔を見せた加賀谷は、何かを伺うような表情で問を返す。
「恭一はオレのこと、どう思ってる訳?」
「俺は・・・何でも話せて、すげぇ信頼できる、良い友達で・・・」
「そう言う答で、良いんだ?」
意地悪な口調が、視線を泳がせる。
静かに近づいてくる唇が、耳元で囁きを残した。
「大好きだ。当たり前だろ」


柔らかな色が混ざる海は、今日も穏やかだった。
「加賀谷」
「ん?」
「ありがと、な」
朝日を背に受けた彼の顔が、柔和な笑顔に変わる。
吸い込まれそうになったのは、きっと俺だけじゃなかったんだろう。
「やばい、やばい・・・部屋、戻ろうぜ」
照れを隠すように笑い声を上げた友は、そう言って立ち上がる。

「そうだ、爺様が野菜大量に送ってきたから、ちょっと持って帰ってくれよ」
「だから、食いきれねぇって言ってるじゃん」
「冷凍しときゃ、良いだろ?」
歩く二人の距離は、少し狭まったかも知れない。
記憶のページを一枚一枚閉じて行くことにも、もう迷いはない。
傍を歩く大切な存在の気配を感じながら、俺は実感する。
お前がいてくれて、良かった。
本当に、ありがとう。

□ 50_感謝★ □
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大人と子供の間

高校1年の夏休みの宿題の読書感想文。
私はモーパッサンの『脂肪の塊』について書きましたが、母は呆れてましたね。脂肪の塊というあだ名の娼婦が主人公だしね(笑)。そんなのを平気で提出したって!
優秀作は冊子になって後に配布され、そこに良く知る2人の名前を見つけて一気に読みました。読後の焦燥感が凄かった…。1人は親友のA子で、プラ/トンの『ソクラテス/の弁明』。サリン/ジャーの『ライ麦畑の/捕まえ手』を書くと言っていたが、変更。作者の妹への近親相姦的意識を考慮して、変更したのかもしれません。…結果、プラ/トンだけど(笑)。
もう1人は、そのA子が好きな人で、実は私も本当は好きだったB君。
二重人格の代名詞になった『ジキルと/ハイド』。
あまりの意外性に驚愕しました。
B君は茶色っぽい髪の甘いマスクで、優しい声の人だったから、その読書感想文の内容の深淵さに寒気さえしました。
今まで私はこの2人の何を見てきたんだろうという無力感をひしひしと感じた後、皆は自分よりずっと大人だと悟った瞬間でした。

自分と違う他人である加賀谷を受け入れる事で、心の均衡を得た恭一の気持ちが暖かくて、いじらしい。

考えを押し出す楽しみ。

子供の頃の厄介な課題の代名詞ですね、読書感想文。
思ったこと、感じたことを言葉にして、他人に公表する。
苦手でした。
自分の考えを前面に押し出す楽しさを知るのが、遅かったのでしょうか。
もうちょっと真面目に取り組んでいれば、オトナな思考回路になったかも知れません。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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