Blog TOP


浸染(7/8)

言うべきじゃなかったのかも知れない。
あの日から、俺の中ではその考えが頭を巡っていた。
彼にとっては無関係な秘め事を、無理矢理共有させてしまった罪悪感。
些細な希望も失った心に、それが重く圧し掛かっている。
悟られてはいけない動揺を打ち消すように、俺は多忙な毎日に身を没した。

「その節は、大変お世話になりまして」
「こちらこそ。・・・いやぁ、支社長さんですか。びっくりですね」
「あの頃は、まだまだ駆け出しでしたから」
昔、取引があったゼネコンの担当者。
俺が平社員から支社長になる間、彼は係長から専務まで上り詰めていた。
「是非、改めてご挨拶に伺いたいのですが」
「もちろん、お待ちしてますよ」
各県の大きな都市のゼネコンやハウスメーカーは、概ね回って来た。
件の会社は、福島中部での足がかりになる郡山にある。
しかも、住宅やマンションに特化した会社でもあり、押さえておきたい存在だった。

机の上のカレンダーには、既に土曜日まで予定が入り込んでいる。
何とか予定を空け、日帰り出張の手はずを整えた。
「まぁ、新幹線で一本だから」
「分かりました」
同行予定の部下は、疲れを感じさせない笑顔で、そう答えてくれた。


春を感じさせる陽気の中、昼過ぎの新幹線で郡山へ向かった。
車内では、会社の概要や以前手がけた物件について下打ち合わせを行う。
今日は俺も同行するが、実際に営業担当となるのは二課で鍛えられてきた日比野君。
それを分かっているのか、彼の表情にも幾分の緊張と気合が見て取れた。

「君は、嶋津君の若い頃に似ているね」
久方ぶりに会った専務は、一通りの話の後、部下を見てそう言った。
突然の言葉に驚いた表情をし、フッと笑顔になった彼は、軽く頭を下げる。
「身近に大きな目標があると、私も励みになります」
「いい部下を持って、君は幸せだねぇ」
「ありがとうございます。これからも、日比野共々宜しくお願いします」
これが、上に立つ、と言うことなのか。
営業として一段上がったかのような顔を覗かせる部下を見ながら
自分まで、何か誇らしげな気分になった。
今までも部下は何人もいたけれど、新しい支社ではその数が少ないだけあって
より距離も近く、各々の成果がダイレクトに響いてくる。
責任も大きい、プレッシャーも半端じゃない。
それでも、俺はこの職務を引き受けたことを、初めて良かったと思えた。

郡山から新幹線に乗ったのは、既に陽が傾いてからだった。
この日程で、よく身体が持ちますね、そう苦笑していた部下は
電車が走り出して程なく、眠りに落ちていく。
その隣で、手帳に書かれたスケジュールを確認しながら、無意識に溜め息が出る。
明日は市内でハウスメーカーとの新規プロジェクト立ち上げ、明後日は本社で会議。
目が回るような忙しさの中を駆けて来た、数ヶ月。
支社開設まではあと2週間あまり。
それまで、張り詰めた気持ちが切れなければ良いが。

ゴン、と鈍い音がした。
見ると、部下は窓に頭を擦り付けるほど、身体を傾けている。
「首、痛めるよ?」
部下の肩を座席の方へ軽く引き寄せる。
ああ、と虚ろな声を挙げながら座席に落ち着いた身体は、程なく再び傾き始めた。
手帳を持つ肩が、俄に重くなるのを感じる。
徐々に増してくる重みに負け、手帳を簡易テーブルの上に放り、座席に身を任せた。

それまでの生活を突然断ち切られたであろう部下。
しかも、互いのこともあまり知らないまま、奥底の素性を晒された嫌悪感もあるはずなのに
彼からの敬慕の念が、薄れているようには感じられなかった。
愚痴もこぼさず、実直についてきてくれる彼に、俺は肩を貸す以上のことが出来ているだろうか。
その寝顔に一瞬視線を向けた後、車窓に目を移した。
真っ暗だった視界に、徐々に光が浮かび始める。
部下の髪が、頬をくすぐった。
唐突に、不徳な感情が沸き上がる。
それに蓋をするよう、天井を仰ぎながら、目を閉じた。


夜になっても、寒さが身に沁みることは無かった。
「今日は、直帰したら?資料は持って行くよ?」
「いえ、大丈夫です。今日の日誌も付けて行きたいんで」
新幹線の中の転た寝で英気を養ったのだろうか。
会社へ戻る道すがら、部下の笑みは明るかった。
圧倒的な年齢の差を見せ付けられたような気がして、少し羨ましくなる。
「嶋津さんは、大丈夫ですか?」
「え・・・ああ、今が正念場だからね」
ここで弱音を吐いてはいられない、そう思う気概だけで、足を進めた。

既に他の社員が帰宅した後のオフィスに戻る。
部下は言葉通り、自らのパソコンを立ち上げ、更なる仕事に向かう。
俺は不在中のメールチェックをしつつ、明日の打合せの資料を眺めていた。
急に視線を感じ、顔を上げる。
真剣な表情をした部下と、目が合った。
「・・・どうか、した?」
俺の怪訝な問いに、彼が口を開く。
その言葉に、何と答えれば良かったんだろうか。

□ 27_浸染 □   
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■   ■ 7 ■   ■ 8 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR