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浸染(1/8)

今日は、特別冷えるな。
他の地域よりは暖かいと揶揄されているけれど、千葉生まれの俺にとっては身に沁みる。
震える身体をコートとマフラーと手袋で落ち着かせながら、地下鉄の駅に入った。
ここから会社までは、20分程度。
にわかに混雑し始めた車内で、しばしの休息を得る。

朝8時前。
近くのベローチェでコーヒーを買って、事務所へ入った。
使われ始めたばかりの室内は、リフォームしたての独特の匂いがする。
什器もそれほど整っていないガランとした室内に、申し訳程度に設置された机は6台。
島から少し離れた場所にある自分の机に荷物を置いて、ブラインドを上げると
南の方角に、市街地の中から突き出た2本の高層ビルと、電波塔が立つ山が見えた。
この街に来て、2ヶ月。
自分の街と言うには、まだ時間が足りない。


「そろそろ景気も上向いてきたしね、良いタイミングだと判断したんだよ」
去年の秋の終わり、東京本社の会議室。
課長代理だった俺に、突然の辞令が出た。
手薄になっていた東北地方に販路を広げようと、支社を立ち上げる計画。
その支社長ポストを与えられたのだ。
「オール電化住宅も徐々に増えてきているし、原油の高騰も、ウチにとっては追い風だ」
うちの会社は電気を熱源とする給湯器やボイラーの製造メーカー。
電力各社が電化住宅を推し進めていることもあり、業績は悪くは無い。

「君は営業成績も良いし、東北の物件も担当してるだろ?」
「ええ、まあ・・・」
「どうだ?仙台に骨を埋める気は、あるか?」
40歳も半ばに差し掛かり、正直、東京でこれ以上の昇進も望めない。
ただ、業績が振るわなければ、支社を畳む可能性だってゼロではない。
幸いなのは、俺が独り者だと言うことくらいだろうか。
会社側も、それを加味していることは明白だった。
しかも、部屋に充満する雰囲気は、俺に選択肢を与えない。
「・・・分かりました。お引き受けします」


正式に支社が開設するのは、2ヶ月先の4月中旬。
今は、その準備期間として、電力会社やハウスメーカー、ゼネコンへの挨拶回りをしたり
小さな展示会などを開催しながら、製品の広報活動を進めている。
ここに常駐する社員は、今のところ3人。
春には、東京から数人の社員が増員される予定だ。
それが待ち遠しくなるほど、何しろ販路が広い。
秋田や青森まで日帰りで出張、なんてよくある事で、体力勝負の日々が続く。

「営業二課の日比野と申しますが、嶋津支社長はいらっしゃいますか」
福島での展示会を控えたある日の夕方、本社から電話が入る。
「私です。どう言ったご用件でしょう?」
「突然にすみません。以前、支社長が担当されてた物件の改修を担当することになりまして」
本社の営業部は、3つの課に分かれている。
一課は大型設備、二課は一般建築・住宅、三課は公共工事の専門部署。
俺が二課にいたのは入社してすぐの頃だったから、彼と籍を共にしたことは無い。

幾つかの質問を受け、手持ちの資料をメールすると約束して、電話を切る。
耳触りの良い声が印象深かったが、顔を思い出す試みは上手く行かなかった。
声のトーンは、まだ若さを感じさせる。
数年前に新人研修を担当していたことがあるから、その時に顔を合わせたのかも知れない。
そんなことを考えながら、手を止めていた作業に戻った。


冬の佇まいを漂わせる街並みを歩いていると、つい視線を泳がせる自分に気がつく。
昇進にも地位にも、それほど興味が無かった俺の背中を押した、この街の存在。

数年前の夏。
たまに足を運んでいたバーで、ある男と知り合いになった。
初めは一言二言交わすだけだったけれど、相性が良かったのだろうか。
1ヶ月もすると、互いの存在を意識するような仲になった。

「智志さんは、東京の生まれなんですか?」
「いや、柏なんだよ。君は?」
「オレは、仙台なんです。出てきて、もう5年位かな」
「仙台か・・・行ったこと無いな。寒いんだよね?」
俺の薄い質問に、彼は人懐っこい笑顔を見せる。
「東京に比べれば、やっぱり寒いですよ」
彼の手が、そっと俺の手に触れた。
「でも、寒いのも、悪くない、かも」
それだけの行為で、僅かに心が熱くなる。
この歳になって、こんな気分になるのには戸惑いもあったけれど
自分の中で彼の存在が大きくなっていくことが、何よりも嬉しかった。

彼は、出会った時から、バイセクシュアルであることを話していた。
俺は、彼とは違い、恋愛対象は男だけ。
しかも、一回り以上も歳が離れている。
不安が無かった訳ではなかったが、彼にのめりこんで行く気持ちは、止められなかった。

□ 27_浸染 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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今、自分に出来る事と出来ない事

人間、産まれる時は、母親と2人で頑張る。帝王切開でなければ…。
でも、死ぬ時は1人。病室のベッドのまわりに家族がいたとしても。
心中する人は1人で死ぬのが怖過ぎて、誰かと死ぬんじゃないかと思いますね。逆説的だけど。

中年になって独身っていうのは、どんな感じなんでしょう?
元気な時は気にしないけど、病気になったりすると心細い!?
女性の独身者は友達同士で一緒に老人ホームに入ろうなんて話に聞いたりしますけど、男性はどうなんでしょうかね…。
ケアマネージャーの人に聞いた事ありますが、男性はプライドが高くてかさだかいんで大変みたい。火事の心配があるので、煙草を吸う老人は嫌がられて入居しにくいらしい。

人間、やはり生きていく上でカッコつけたいから、孤独死で3週間後に発見される…なんて新聞に載りたくないですよ。
この話の主人公嶋津も40歳も半ばに差し掛かっているから、色々思うところもあるでしょう。
ところで、仙台が舞台になっていますが、震災前に書かれたんでしょうか?
東北の桜、例年どおり咲いて欲しいですね。ただ、見る方の気持ちは関西に住む私達には推し量れないです。

癒し。

孤独が好き、と言うのは確固たる人との繋がりを持っている人の言う言葉。
全てが断ち切られた時、人間誰であれ、不安と恐怖に苛まれるのではないかと思います。
歳を取れば取るほど、その "いつか" を思い描く機会が多くなるでしょう。

今回の話は、震災の前、2月初めに書いたものです。
このような状況になるとは思わず、公開に際して非常に迷いましたが
在りし日の杜の都の再生を願いつつ、敢えて公開させていただきました。
仙台にも桜の名所が多くあります。
それを見て、少しでも心が癒されることを祈ります。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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