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浸染(6/8)

スーツを脱げば、ただの男。
如何にエリートであろうと、私服でもその風情を感じさせる存在は、なかなかいない。
目の前の上司は、そう言う意味では稀有な人なのかも知れない。

窓の方を見やる彼の表情が、ふと曇った。
また雪でも降ってきたんだろうか、そう思って、彼の視線を追いかける。
街は軽い闇に包まれ、大きな通りには車が行き交っていた。
特に変わりの無い風景。
そこに被さる様に座る窓際の若い夫婦。
どうやら上司の視線は、彼らにあるようだった。

知り合いだろうか。
かと言って、それを軽々しく聞けるような表情では無かった。
何処か懐かしむような、それでいて寂しげな顔。
沈黙の時間は、それほど長くは無かったと思う。
彼は僕の方に向き変えると、はにかんだ笑みを見せる。
「ああ・・・悪いね」
「いえ・・・」
手元のコーヒーを一口飲み、何か気分を落ち着かせるよう、軽い溜め息をつく。
「・・・日比野君は、結婚はまだ?」
「え・・・ええ」
聞かれてもおかしくは無い質問に、何と答えていいのか、迷う。
彼女の顔が、頭を掠めた。
「まだ・・・考えて無いですね」
「そう」
「しばらくは、ここで、頑張るだけです」
僕は、つい昨日経験した別離を悟られないよう、精一杯の笑顔を返した。


視線の先の上司に影が差す。
目を上げると、さっきまで窓際に座っていた人物が彼の側に立っていた。
「お久しぶりです。智志さん」
多分僕とそう歳の変わらない、左手の薬指に指輪をした男は、上司を名前で呼んだ。
「・・・久しぶりだね」
「こちらへは、仕事で?」
「ちょっと前に、転勤してきたんだ」
「・・・そうですか」
どういう関係なんだろう。
つい、プライベートを詮索してしまう罪悪感が、背筋を強張らせた。
上司を真っ直ぐに見る目が不意に僕へ向けられる。
疚しいところは何も無いはずなのに、思わず視線を逸らす。

彼らの間には、それほど多くの会話は無かった。
まるで、視線だけで語り合っているかのように、僕には見えた。
僕の中の上司像には無い、その表情。
心の奥に、何故か憧れの念が生まれてきて、居心地が悪くなる。

彼らの再会の時間は短く、程なく男は別れの挨拶を口にした。
「また、何処かで、お会いできると良いですね。・・・お元気で」
男はそう言うと、瞬間、上司のこめかみ辺りにキスをして、去って行く。
「君も・・・元気で」
彼はその行為を目を閉じて受け容れながら、小さく呟いた。


周りの状況は、僕らが店に入った時と何も変わらない。
けれど、僕と上司を取り巻く状況は、明らかに変化を来たしている。
手を組んだまま押し黙っている彼に、僕は何と声をかけるべきなのか分からなかった。
窓の向こうには、すっかり夜の帳が下りている。
店を出るきっかけさえも見つけられず、時間だけが過ぎていく。

「時間と距離には、抗えないもんだね」
沈黙を破るよう、寂しげな笑みを浮かべ、彼は呟いた。
「君は、聞かないんだ?」
「え?」
「俺が、結婚して無いこと。・・・気になるだろ?」
気にならない、訳は無かった。
仕事も出来て、ルックスも決して悪くない。
結婚して、子供もいて、家の一軒くらい建てている、そう言われても何の違和感も無い上司。
そうではない事実と、ついさっき彼に起こった出来事を繋ぐもの。
頭に浮かぶ想像で、少し鳥肌が立った。
彼は、僕の僅かな表情の変化を読み取ったのだろう。
「他の社員には、黙っておいてくれないか」
「・・・はい」
発した声は、微妙に震えていたかも知れない。
思いも寄らない形で知ることとなった、上司の秘密。
僕自身、現実を飲み込むことが、なかなか出来なかった。


新しい支社で働き出して2週間も経つと、徐々に生活リズムも掴めて来た。
上司なりの気遣いなのか、今のところは市内の設計事務所を周る毎日。
共に転勤して来た仲間との交流も徐々に取れてきて、当初の懸念は大分薄れている。
そんなある日、遠方への出張の話が舞い込んできた。
「郡山の地場ゼネコンなんだけど・・・一緒に行って貰えるかい?」
若干疲れた顔を見せる上司に、僕は当たり前の答えを返す。
「はい、大丈夫です」
「申し訳ないけど、日帰りだからね」
意地悪そうな笑みを浮かべ、彼は言った。

□ 27_浸染 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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