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浸染(5/8)

3月も中盤に差し掛かろうというのに、ここではまだ雪が降る。
今日も、灰色の空からは雪が舞い降りて来ていた。
新幹線のホームに、待ち人が乗った車両の到着を知らせるアナウンスが流れる。
程なく滑り込んできた新幹線からは、週末だからか、多くの人が下車して来た。

人波に視線を泳がせていると、ふと一人の男と目が合った。
静かに笑みを浮かべた彼は、こちらに向かって歩いてくる。
「嶋津支社長ですよね。二課の日比野です。お世話になります」
頭を下げる彼の顔と、その声で、やっと昔の記憶が蘇った。
確かに彼と、会ったことがある。
「遠い所、本当に申し訳ないね」
「いえ、支社長こそ。わざわざ出迎えて頂いて、ありがとうございます」
「それは、構わないよ。・・・荷物は、いつ着く予定?」
「明日の予定なんで、今日はホテルを取りました」
「そうか・・・じゃ、会社も見ておく?」
「ええ、そうできれば」
彼が持っている荷物を一つ引き受けながら、俺たちはホームを後にする。

仙台駅から事務所があるビルまでは、十分徒歩圏内だ。
「雪は・・・平気?あまり驚かないね」
「え・・・?」
彼は、俺の質問の意図がよく分からなかったらしい。
こんな時期に雪が降るなんて、東京じゃ珍しいはずなのに。
「上京してからは、あまり触れてませんけど、地元は雪の多い土地なんで」
「そうか。東京近郊の生まれじゃ、無いんだね」
その言葉に、彼は更に不可解な表情を見せた。
「・・・雪に慣れた人を、と言う条件だったのでは?」
「手塚が、そんなことを?」
「はい」
あいつらしい、そう思って苦笑が漏れる。
「まあ、その方が、こっちも助かるけど」
「そう、ですか」
「俺がつけた条件は、一つだけだよ。将来有望であること、ってね」


ようやっと会社らしくなってきた事務所の中には、主を待つ机が一つ。
「日比野君は、ここ、使ってくれる?」
「分かりました」
「あと、本社で使っていた荷物は、もう届いているから」
彼は幾つかのダンボールに視線を向け、俺に尋ねてくる。
「今日、荷解きしてしまっても良いですか?特に予定も無いので・・・」
「構わないよ」
「すみません、土曜日なのに」
「仕事は、腐るほどあるからね。俺はそっちを片付けるよ」

テキパキと自分の机を整えて行く彼の様子を眺めながら、差し迫った営業日程の確認をする。
カレンダーには、来月の支社開設まで、びっしりと予定が入っている。
身体が持つか、そんな弱気な部分が顔を覗かせた。
人員が増えて、少しは楽になるかと思っていたが、実のところはそうでも無い。
結局、初めの内は、どの担当にも俺が同伴する必要があるからだ。

「他の二人は、もう来てるんですか?」
机に置かれたノートパソコンを開きながら、部下が話しかけてくる。
「ああ、週末に赴任してきたよ」
「あまり、顔を合わせたことが無いので」
「多分、彼らも同じだから。心配無いさ」
彼の視線が、俺の顔を捉える。
「でも、嶋津支社長の下で働けるのは、本当に光栄です」
不意に突きつけられた敬意に、若干動揺する。
「そんな風に言って貰えると・・・嬉しいよ」
言葉が上手く出てこない中、机の隅に置かれた小さな箱に目が行った。
「そうだ、これ。新しい名刺」
彼は席を立ち、俺の机の側にやってくる。
東北支社、と記された真新しい名刺を眺めながら、彼は何処か決意に満ちた表情を見せた。
これが、同期一押しの営業マンの顔か。
彼がいれば、多難な前途を何とか乗り切れるかも知れない、そう思った。


片付けも一段落し、部下と共に近くのベローチェで休憩を取る。
「今日は、コーヒーゼリー、頼まないんだ?」
彼が新人の頃、ソフトクリームが溶け切るまで熱心にカタログを見ていた姿を思い出す。
オーダーをしていた彼は、愉快そうに微笑み、追加注文をした。
その様子に、固いままだった気分が解される。

「もう、覚えていらっしゃらないのかと」
「悪いね、やっと思い出したよ」
高くそびえるソフトクリームを口に運びながら、彼は言った。
「あの時、言われた言葉が、本当に糧になって」
「良い声だ・・・って言ったんだっけ」
「新人で自信のあるものが何一つ無い中で、唯一誇って良いものだ、と支えにしてました」
感じたまま、素直に出ただけの言葉。
どんなことが奮起させるきっかけになるのか、人間の感情の複雑さを実感させる。

通りに面した大きな窓から見える空は、徐々に暗さを増している。
窓沿いに視線を滑らせると、思わず、身体が固まった。
そこにあったのは、残酷な現実だった。

□ 27_浸染 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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