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一縷(6/6)

指定された場所は、御茶ノ水だった。
佐々木さんの会社と、うちの会社の、ちょうど中間辺りだ。
聖橋から水道橋の方向には、小さな店がひしめいていて
学生からサラリーマンまで、様々な年齢層の人たちが行きかっている。
適当な居酒屋に入ると、週末と言うことで、店は大分賑やかなことになっていた。

「わざわざご足労頂いて、すみません」
「いえ・・・お話って、何でしょう」
「総務の彼のことなんですが」
転職することになっても、やはり悩みはそこに尽きるらしい。
「昨日、話をつけました」
「どうやって・・・?」
「彼の上司に、洗いざらい報告してきまして」
「え?」
「取引先の方に迷惑を掛けるようなことは、社内倫理に反すると」
神妙な面持ちだった。
「これで、落ち着いてくれると思うんですけどね」
「あの、それは・・・お二人のことも」
「話しました。そうじゃないと、話が繋がらないので」
辞めるとは言え、引継ぎなどでしばらくは会社に留まるはずだ。
針のむしろもいいところだろう。
どんな気分で残りの時間を過ごすのか、そう考えるとこっちまで胃が痛くなりそうだった。

佐々木さんは、あまりビールは好きじゃないのかも知れない。
半分ほど残ったグラスをもてあます様に、くるくると回して、深いため息をつく。
「あと、もう一つ、吉岡さんには言っておかなきゃならないことが」
「何でしょう」
「・・・私のせいなんです」
佐々木さんは、伏目がちに言った。
「私は確かに、心変わりをしていたのかも知れません」
「それは・・・」
「本当に、すみません」
少し意識が遠くなる感覚があった。
酒のせいじゃない。
唐突な告白に、戸惑いが隠せなかった。

男が男を好きになる。
今まで考えたことも、考えようとしたことも無かった。
自分とは無縁のことだと思っていたし
もしかしたら、そんなものは存在しなんじゃないか、そう思うくらい非現実的なものだった。
だからこその嫌悪感を、勝手に抱いていた。
それなのに、自らの身に降りかかってきた今
拒絶だけではない感情が自分の中に存在することを、自覚する。
気まずそうな彼を見ながら、俺は気持ちを収拾できずにいた。

結局、その話題はそこで途切れ、後はありきたりな仕事の話に落ち着いた。
佐々木さんの転職先は、今の会社とは違って、個人の設計事務所なのだという。
もう、一緒に仕事をすることは無いだろう、そう言ったのは彼だった。
目を合わせないようにしている彼と、よそよそしい態度しか取れなくなった俺。
騒がしい店内で、そこだけが別の空間のようだった。


渋る彼を抑えて、会計は俺が済ませる。
今後仕事をすることは無いとは言え、今までお世話になったことを考えれば、当然だった。
駅へ向かう道の途中、前を歩く佐々木さんの、ネクタイを緩めた首筋に光るものを見つける。
無性に、腹が立った。
まだ固執しているのか。
佐々木さんの肩を掴み、歩みを止める。
振り向いた彼は、俺の表情を見てどう思っただろう。
ワイシャツの襟の中に手を入れ、ネックレスを引っ張り出す。
「いつまでも、囚われ過ぎじゃないですか」
彼は、目を伏せて、宙に浮いた指輪を見つめている。
「忘れる努力が、必要でしょう?」
俺は力を込めて、その鎖を引きちぎった。

俺の中にあった感情は、何だったんだろう。
鬱憤、焦燥、もしかして、嫉妬だったのかも知れない。
直前に受けた告白も、何かに拍車をかけた。
切れたネックレスと指輪を、手に握らせる。
失礼な行動に怒りを表すことも無く、彼は淋しげな表情で俺を見た。
「俺も・・・手伝いますから」
彼は小さく、首を振る。
握った手は離さないまま、黙って彼を見つめた。

佐々木さんの指が、俺の唇に触れる。
思わず、息を飲んだ。
震える人差し指が唇を静かに撫で、やがて離れていく。
「一瞬の感情に流されて進むような道じゃ、無いんですよ」
彼は、ふっと微笑んで、俺から離れる。
「巻き込んでしまって、本当にすみませんでした」
軽く会釈をして、佐々木さんは駅へ向かって行く。
その背中は、まるで切れた鎖のように、揺らいで見えた。
俺との鎖はまだ何処かで繋がっているだろうか、そう思うと、切なさがこみ上げた。

□ 09_一縷 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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