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一縷(1/6)

「では、必要なデータは、後ほどメールでお送りしておきますので」
「宜しくお願い致します」
客先打合せの席。
設計業務の担当である佐々木さんは、人当たりも良く、物静かな人で
この業界には珍しい類の人だ。
最近、風当たりの厳しいお客さんばかりだったこともあり、この人との打合せは気が楽で良い。

佐々木さんと別れ、エレベーターで1階へ下りる。
ビルを出たところで、同僚の井上に電話を入れた。
「今、打ち合わせ終わったけど、どうする?」
「こっちももうすぐ切り上げるから、どっかで時間つぶしててくれ。また電話入れるわ」
金曜日、時間は夜7時を回った辺り。
井上が気になっていると言う焼肉屋が、この近辺にあるとのことで
行ってみようとの話になったのだ。
うちの会社からここまでは、早くとも30分はかかる。
とりあえず、駅前のタリーズで暇をつぶすことにした。

打合せの資料を眺めていると、携帯に着信がある。
「今着いたけど、何処にいる?」
「東口出たところのタリーズだけど」
「すぐ行く」
時計を見ると、もう8時。
流石に腹が減った。
資料を片付けて、店を出る。


「ホントにこっちなのか?」
「だと思うんだけどなぁ」
「だと思う、じゃないよ」
駅から首都高速の高架をくぐり、細い路地が続く地域。
似たような店はあるものの、目的の店が見つからない。
「この辺りって、ちょっとやばいんだよな」
「何が?」
「有名じゃん?」
質問を質問で返してくるな。
「ハッテン場が多いんだよ。ここいら」
少し身の毛がよだつ。
そう聞くと、男同士で歩いている人間が、皆そう見えてくる。
ってことは、俺らもそう見られているのかも知れないが。

「ああ、あれだ」
やっと目的の店が見つかる。
相当ひなびた焼肉屋のようで、看板には日本語とハングルが併記されていた。
方向感覚には難があるが、舌は俺と同じ好みの井上が薦める店だ。
期待をしながら、すきっ腹を抱えて店に入る。

肉は申し分ない。
チヂミも冷麺も、俺好み。
2人で15000円と言う値段をしても、総じて満足できる夕食だった。
「良いんだよ、焼肉なんて、そう頻繁に食べるもんじゃないんだから」
「そりゃそうだけど」
「一食にこんだけ注ぎ込めるのも、独身の特権だろ」
そう言って満足そうに歩く井上の後ろを、軽くなった財布を思いながらついて行く。


「何か、面倒そうだな」
ふと、井上が歩みを止める。
見ると、路地の影で男たちが何やらもめている様だった。
「さっさと行くぞ。絡まれでもしたら厄介だ」
ああ、と言って、暗がりの彼らを横目で見ながら進もうとした時
そこに、見知った顔を見つけ、思わず立ち止まる。
佐々木さんだった。
確かに彼の会社からこの辺りは近い。
でも、揉め事に巻き込まれるような人じゃない。
「おい」
井上の呼び掛けにハッとする。
一瞬、佐々木さんと目が合ったような気がした。
「行くぞ」
井上に腕を掴まれ、そのまま引きずられるように、その場を去る。
誰かが呻く声が、路地に小さく響いた。
俺は、振り返れなかった。

「オレはね、厄介ごとは避けて生きて行きたい性分なんだよ」
それはよく分かってる。
「あんなところで揉めてるんだから、どうせ痴話喧嘩だろ」
それは、分からない。
「どうかしたのか?」
「いや、別に」
どんな状況だったのかは全く分からないけれど
佐々木さんを見捨てたのかも知れないと言う罪悪感は、なかなか払拭できなかった。

□ 09_一縷 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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