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一縷(3/6)

ビルを出て、駅へ向かう。
曲がるところが一本早かったのか、いつもと違う道に入ってしまったが
どうせ、同じ所に出るのだからと、構わず歩く。
「吉岡さんですか?」
後ろから、声を掛けられる。
聞き覚えの無い声だった。
振り返ると、背の高い男が立っていた。
「はい?」
そう言うや否や、突然持っていたカバンで頭を殴られる。
目の前に、火花が散った。
上半身を起こそうとしたところに、腹へ膝蹴りを喰らう。
これは効いた。
痛みで、膝が崩れる。
顔をめがけて飛んでくる右足が見えた時、遠くから声がした。
「何やってるんだ」
その声を聞いて、ヤツは逃げていく。
俺は腹を抱えて、その場にうずくまることしか出来なかった。

「大丈夫ですか?」
「ええ、少し休んでれば、大丈夫そうです」
声を掛けてくれた男性は、ポケットティッシュを差し出してくれる。
口の中は、独特の鉄錆味がしていて、気持ちが悪い。
周りに付いた血をティッシュで拭い、中の分は、少しずつ吐き出した。
「これ、あなたのですか?」
そう言って、彼は道に落ちていた名刺入れを拾い上げる。
俺のじゃないとは分かっていたが、受け取っておいた。

「ありがとうございました。本当に助かりました」
「いえいえ、お気をつけて」
駅の手前で、助けてくれた男性と別れる。
俺は立ち止まり、ヤツが落としていったと思われる名刺入れを開けてみた。
同じ名刺が3枚以上入っていたら、本人の名刺入れと見なす、と言うのは
地下鉄の駅の拾得物預かり所で聞いた言葉だ。
中には、10数枚の同じ名前の名刺があり、それが持ち主であるのは明らかだった。
会社名を見て、俺は憂鬱な気分になる。
そこには、ヒグチコンサルタント、と書かれていた。

男は、総務部勤務らしい。
ヒグチコンサルタントでは、佐々木さんの他にも何人か仕事の付き合いがある人はいるが
当然のことながら全員設計部の人たちで、総務部に知り合いはいない。
けれど、ヤツは俺の名前を知っていた。
何処かであっただろうか?
すれ違ったことはあるかも知れないが、名乗ったことは無いはずだ。
入っていた他の名刺を見ていると、そこには、佐々木さんの名刺もあった。
同じ会社の人間同士で、名刺交換なんかするんだろうか。
ヤツと佐々木さんは知り合いなのか?
俺の疑念は、ますます深まっていく。

当座の問題は、この名刺入れをどうするか、だ。
本人の素性は分かったが、直接返すことは避けたかった。
落し物として、駅にでも届けておけば良いのか。
しばらく考えて、俺は痛む腹を押さえつつ、今来た道を戻ることにした。


「伊東設計の吉岡と申しますが」
内線の向こうに出たのは、佐々木さんだった。
「どうされました?」
大分驚いたような声だった。
「ちょっと、お渡ししたいものがあるんです」
そう言うと、彼は、すぐ行きますと言って電話を切った。
窓の外はすっかり日が暮れて、高々と聳える東京タワーが綺麗に見えた。

佐々木さんは、俺の顔を見るなり怪訝な顔をした。
「大丈夫ですか?」
頭を殴られた際に、弾みで唇も切ってしまっていたらしく
右の下唇が腫れてしまっていたことを、自分で触ってみて気が付く。
口の中の痛みで、すっかり分からなくなっていたようだ。
「大したこと無いんで」
傷のついた目を細めて、佐々木さんは心配そうに俺を見る。

「これなんですが」
佐々木さんに、拾った名刺入れを差し出す。
「私のでは・・・ありませんが?」
「こちらの会社の方のもののようなので、お渡し頂けないかと」
中身を見せると、佐々木さんの表情が一瞬曇る。
「失礼ながら、中を見せていただいたところ、佐々木さんの名刺があったもので」
「・・・そうですか。では、総務の方へ渡しておきます」
あまり気乗りしないような雰囲気で、名刺入れを受け取る。
「あの、これは、何処で?」
答えに詰まる。
「えっと・・・帰り際に拾いまして」
まっすぐ見つめてくる佐々木さんは、俺が何かを隠していることを分かっているようだった。
しばらく名刺入れの中の名刺を眺めた後、思いもよらない質問をしてくる。
「何をされました?」
「え?」
「彼に、何かされたんじゃないですか?」

何故そんなことを聞いてくるのか。
俺が殴られる理由を、佐々木さんは知っているのだろうか。
言うべきかどうか迷いつつ、俺は、帰り道で起こった出来事を話した。
「佐々木さんは、彼とお知り合いなんですか?」
一通りの話の後、そう聞いてみた。
すると彼は、ネクタイを緩め、一番上のボタンを外して、襟元からネックレスを引っ張り出す。
シンプルなチェーンに、指輪が繋がれていた。
どういうことなのか、おぼろげには想像できた。
けれど、それが俺の件とどう繋がるのかは、分からなかった。

□ 09_一縷 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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