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流儀(6/6)

赤羽さんの外回りに同行するようになって一ヶ月あまり。
営業成績は、当然落ちた。
「結果を焦ったってしょうがねぇからな」
そんな先輩の言葉を頼りに、彼から引き継いだ幾つかの芽を、堅実に育てていく。
やがて花を咲かせ、次の種を作り、また芽を出してくることを期待して。
「明日、印西の方行くけど、一緒に行くか?」
「ええ。帰りで良いんで、鎌ヶ谷に寄って貰っても良いですか?」
焦らず、気負わずいられるのも、傍にいてくれる営業の先輩のお陰なんだろうと思う。

運転席に着いた彼の携帯に、着信が入る。
シートにもたれながら挨拶を交わした後、彼はふと俺の顔を見て言った。
「ちょっと待って下さいね。有馬に替わるんで」
差し出された携帯電話を訳も分からず受け取り、電話に出る。
「・・・お世話になります、有馬です」

相手は、散水栓の移設工事を手伝わされた、あの工務店の所長だった。
「お施主さんがね、是非、お宅に仕事を頼みたいって仰ってて」
聞くと、アパートの施主は近隣にある老人ホームの理事長もやっているそうで
その建て替え工事にウチの会社も携わって欲しいと言っているらしい。
隣の彼には、まるでそれが聞こえているようだった。
返答に迷い表情を窺うと、背中を押すように、強く頷く。
躊躇いが、消えた。
「是非、お引き受けさせて頂きます」

工事の質、スケジュール管理、目の肥えた施主を動かした要素は多くあったのだろうが
最も効いたのは、赤羽さんが竣工祝いで持って行った贈り物だったと言う。
「施主が老人ホームやってんのは知ってたし、蘭が趣味だってのも、聞いてたから」
「花で、決めるんですか・・・何億もの工事を?」
「それだけじゃねぇんだろうけどさ。結局、決断すんのは人間で、人間は感情で動くってことだ」
「喜んで貰えたって、ことですかね」
「んじゃねぇの?家ん中連れ込まれて、2時間、話に付き合わされたからな」
言ってみれば、これだって誠意と言う名の賄賂。
それでも後ろめたい気分がしないのは、互いが納得しているからだろうか。
「そうだ。この物件、ユーマが担当してくれ」
「え?」
「オレ、他ので手が回んねぇんだ」
「でも・・・」
「そろそろ契約とんねぇと、年寄連中に睨まれるだろ?オレにくっついて歩いてるからだって」


突然入ったアポイントのせいで、いつもより戻りが遅くなった夜。
助手席で一日の〆のため息をついた俺を見た彼は、不意に目の上に指を寄せる。
「お前、最近、眉毛、下がらなくなったな」
「・・・そうですか?」
目を細めて微笑む彼は、静かに呟いた。
「ずっと、そーゆー顔、してろよ。・・・オレが、いなくても」
その言葉に、言い知れない不安が去来する。

彼の首元に、手を寄せる。
少し左へ傾いだまま、彼は俺に視線を向けていた。
「今日は、痛みは無いんですか」
「ああ、平気」
距離が、少し遠い気がした。
「お前、何か、ちょっと・・・微妙に近過ぎねぇか」
僅かに狼狽えた声に引き摺られる様、距離を詰める。
やがて唇に触れた頬の感触が、彼がそこにいることを教えてくれた。

「何・・・」
唖然とする赤羽さんは、ハンドルに手を置いたままで虚ろに言葉をこぼす。
「あ、いや・・・なんとなく」
「なんとなく、て・・・オレ、そういう趣味、ねぇけど」
「僕も・・・別に、ただ・・・」
いつか、俺の前からいなくなってしまうんじゃないか。
信じ難い約束をしたあの夜から、その不安が急にぶり返すことがある。
すぐ傍にいるのに、怖くて堪らない。
確かにここにいると言う、証明が欲しかった。

「約束しただろ?」
「そう、ですね」
「オレがいなくてもってのは、お前が一人で客先行く時もってことだよ」
「それは、分かっていたつもり、なんですが」
ため息を一つついた彼は、街灯に照らされるフロントガラスの向こうを一瞥する。
釣られて視線を移した瞬間、顎に添えられた手に顔を呼ばれた。

唇が重なっていた時間は、どのくらいだったんだろう。
解放された口から、薄い声の混じる吐息が漏れた。
「・・・そんな声、出すなよ。罪悪感が、ハンパねぇ」
「すみません、苦しくて・・・つい」
「死ぬまで一緒だっつったって、どーせ、気にすんだろうしな」
穏やかな声に、言葉が返せない。
「これで落ち着くってんなら・・・しょーがねぇか。我儘言ったのは、オレの方だし」
彼の親指が、俺の眉を押し上げるように瞼を撫でる。
「その代わり、拒否んなよ?恥ずかしいから」
後頭部に回った手に押さえつけられたまま、再び唇を重ね合う。
長い長いキスは、彼の存在を、確かに俺の心に刻みつけてくれた。


月初の朝、貼り出された営業成績の結果に、ホッと胸を撫で下ろす。
やっと咲いた花が、目に見えるようになってきた。
赤羽さんの成績が若干落ちたのは、きっと俺に株分けをしたからなのだろう。
「お、随分上がったんじゃねぇ?」
それでも自分のことのように喜んでくれる先輩には、やっぱり叶わないのだと痛感させられる。

「今日はあちぃな」
「やっと梅雨が明けたんですから、文句言っちゃダメですよ」
それぞれの客先を回ることも多くなってきたけれど、一週間に一度は、未だに彼と営業に出る。
「なーんか、あったまいてぇんだ」
「体調、悪いんですか?」
車の前まで来て、いつものように助手席側に回ろうとした時、不意に腕を掴まれた。
一瞬の口づけが、鼻腔に微かなアルコールを残す。
「運転、代わってくれよ」
「・・・二日酔いですか」
「まぁ、ちょっとな」

半日で回る客先は、大小含めて10件ほど。
助手席に座る先輩は何処かしら楽しげで、仕事中とは思えない雰囲気だった。
けれど、手元に抱える手帳は使い込まれ、種々の情報が詰め込まれている。
誠意を振りかざす営業は、まだ、他の諸先輩方に任せていれば良い。
今は、理想に向かって一歩一歩進めていく姿勢を教えてくれた彼の背中を見ながら
羨ましさを抱えつつも、自分のやり方を作り上げていきたいと思う。

□ 75_流儀 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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