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流儀(1/6)

「また、あいつかよ」
営業部の壁に張り出された先月の営業成績を見ながら、先輩方がそうぼやく。
「どうせ、ゲタ履かせて貰ってるんだろ」
「社長の運転手でもやってりゃいいのにな」
成績トップの欄には、社長の息子である赤羽さんの名前が書かれている。
2年前、俺が入社してから半年ほど経って転職して来た彼は
襟足まで伸びた茶色い髪に奔放な性格と、何故営業に配属されたのか皆が疑問に思う人物だった。
けれど、初めの数ヶ月こそ、仕事の成果は全く目に見えていなかったが
ある時期を境に営業成績が伸び始め、今では営業部どころか会社を引っ張る存在になっている。

部の先輩たちは、当然のことながら、それが面白くない。
社長のコネで仕事を回して貰っている。
毎日のように外回りをしているが、その間は社用車の中で寝ているか、パチンコをしているだけ。
彼に関する不確かな風評が、社内で公然と流されるようになったのはいつのことだろう。
部内で一番年下の俺は、その話に内心同調しつつ、居た堪れない思いで聞き流していた。


「実はね、他の工事会社さんからも見積もり貰ったんだけど」
夏も近づいて来た梅雨時期のある日。
馴染みの設計事務所に赴いた俺に、所長は申し訳なさそうな顔をして書類を差し出す。
「有馬さんのところは、いつも良い仕事してくれるんだけどね・・・」
手に取った厚みのある資料は、他の地場サブコンが作成した見積書だった。
ウチが出した金額よりも2割程度安いその数字に、言葉が出ない。
「こんなに・・・安く出来る訳が」
「ここね、あまり良い噂を聞かないのも確かなんだけど、まぁ、こういうご時世でしょ」
最も差がついていたのは、工事金額で大きな嵩を占める人件費と材料費。
ただ、それは最も工事の質を左右する部分であり、会社としても、俺個人としても、譲れない部分だった。
「施主もね、今回は金が無いからって再三言ってたから」
「それは、十分承知していますが」
「・・・写し、持ってく?」
「是非。もう一度、上と検討します」

県内でも3本の指に入る程度の設備サブコンである会社のターゲットは
個人住宅から中規模建物、公共施設までと幅広い。
今まで住宅を担当していた俺が、初めて担当するテナントビルの改修工事。
それだけに、気負う気持ちも大きかった。

「何だこれ?職人共にストライキでも起こさせるつもりか?」
人件費を限界まで削り、件の金額との差を何とか詰めた見積書を見て、上司は呆れた溜め息をつく。
「他に、削れる場所が・・・無くて。メーカーも、これが限度だと」
「お前の給料から補填するか、お前が現場に行って工事やるか、どっちが良い?」
「それは・・・」
突き返された書類を見ながら、悔しさが募る。
「こんな馬鹿げた見積もりに、振り回されんな」
住宅の工事を何回も施工し積み上げてきた信用が、離れていく様で怖い。
営業畑を歩んできた上司にも、そんな俺の心情は良く分かっていたのだろう。
「ウチの売りは、何より品質だ。お前がそのプライドを捨ててどうする?」
「はい・・・」
「元の見積で勝負して、それでダメだったら、今回は諦めろ」
客にとっては金額が全て。
目の前で心を動かす素振りを見せられて、それに矜持が揺らがされるのは
多分、俺自身が自社の施工を信用しきれていないからなのかも知れない。
「お前は、今まで通り誠実に客と接してれば良い。分かったな」


他のサブコンに決めたと言う連絡が事務所から入ったのは、それから1週間程経ってからだった。
金額は変えられない、そう告げた後にも他社との質の違いをアピールしたけれど、無駄だった。
「次の機会には、必ず有馬さんにお願いしますから」
社交辞令的なフォローの言葉にも、苦笑いしか出来ない。
なかなか気持ちの切り替えが出来ず、外回りの途中、駅のホームでぼんやりする時間が増えた気がする。
営業に向いていないのかも知れない、そんな風に思ったりもしていた。


「ユーマ、飯食いに行こうぜ」
その日、珍しく社内で赤羽さんと顔を合わせる機会があった。
「アリマ、ですって」
「知ってるよ。・・・何が良いかな。あぁ、うどんな気分だな」
社内で自分に対する誹り嫉みが横行していることを、彼だって知っているだろう。
それでも気にしている風も無く、我道を行く先輩。
人間としては、嫌いじゃない。
一番年が近い後輩として、可愛がってくれていることも確かだった。
ただ、周りの雰囲気に押し込められ、感情を表に出すことは出来なかった。

「今日も、このまま直帰なんですね」
「ん?ああ、見積もりに印鑑貰いに来ただけだから。どーせ、会社には居場所ねぇしな」
うどんを啜りながら自嘲気味に笑う彼は、けれど勝気な眼差しをしている。
彼の表情に、俺とこの人は何が違うのだろうかと、劣等感にも似た思いが去来した。
「僕も・・・最近は、居心地、良くないです」
「何でだよ?一件取り逃したくらいで、凹んでんの?よくあることだろ」
「まぁ、確かに・・・」
「真面目過ぎるんだよ。ユーマは。もーちっと軽く考えとけって」
麦茶を煽り一息ついた彼は、右手で自分の首筋を擦る。
彼の癖なのか、その仕草はよく見かけるものだった。

□ 75_流儀 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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