Blog TOP


流儀(5/6)

膝立ちになり、後ろから彼の首に両手をかける。
息を飲みこみ揺れる喉仏が、震える指に命の感触を植え付けた。
「・・・外回り、一緒に連れて行ってくれるって、約束しましたよね」
「そうだったな」
「明日、連れてって下さい」
小さな溜め息が、手の甲を滑っていく。
少しだけ顔を上げた彼の眼が、窓に映る俺を見ていた。
「それと、もう一つ、約束して欲しいんです」
「・・・何」
「帰りに、また明日も行こうって・・・誘って下さい」

首から離した手を、彼の手が掴み、軽く引く。
覆い被さるように、その背中に身を預けた。
「じゃあ、オレの言うことも、聞いてくれ」
「何ですか」
「いつか、オレのこと、殺して欲しい。おかしく、なる前に」
指が指に絡んでくる。
「・・・分かりました」
絡み合った指が、やがて一つになった。
「それまで、ちゃんと、生きててくれますか」
「分かった・・・約束、する」
繋がれた手が彼の口元に当たる。
俯いて唇を震わせながら、心の内に溜めてきた想いを吐き出しているのかも知れない。
やがて伝ってきた無言の涙に、その辛苦が滲んでいた。


体調不良での欠勤を上司に詫び、溜まっていたメールと電話を整理し終えたのは昼を少し過ぎたくらい。
午前中から外回りをしていた赤羽さんと待ち合わせたのは、最寄りの駅前だった。
「今日は、また暑いですね」
適度に空調が効いた車に乗り込むと、先輩はサングラスをずらしてぼやきを呟く。
「このまま梅雨明けでもしてくれると良いんだけど」
「明日は、また雨だって言ってましたよ」
「しょーがねぇな・・・」

俺が普段している客回りと言えば、ゼネコンや大手の設計事務所など、所謂上流に赴くことが殆どだった。
けれど彼は、上流から下流まで、満遍なく足を運ぶ。
下請けの工務店から今後の日程を聞き、工事の受注が可能なスケジュールを確認する。
自社で施工している物件の現場に赴いて、進捗状況や懸案事項を聞く。
小さいながら一分野に特化した設計事務所で、工事の入札情報を手に入れる。
果ては、竣工した建物のオーナーへ挨拶がてら、伝手を探りに行く。
足を使い、情報を集め、仕事を手繰り寄せる。
あまりにも堅実な、営業手法だった。

その日、最後に訪れたのは松戸にある工務店だった。
「こんちわ。例の現場、どうすかね?」
「ああ、赤羽さん。何とか、週末にはケリが付きそうです」
「そりゃ、何より」
市内にあるアパートの新築工事は、ウチが直接施工している訳では無いが
技術協力として職人を何人か派遣し、設計の方でも簡単なコンサルを引き受けている。
「・・・こちらは?」
「同じ営業の有馬です。ウチの、次期エースですよ」
冗談っぽく笑う彼を横目に、名刺交換を済ませる。
今日だけで、同じ言葉を何回聞き、何枚の名刺を手にしただろう。

「そう言えば、例の話なんですけど」
何処かしら申し訳なさそうに、所長が図面を広げだす。
「どの辺りですっけ?」
「南東の一角ですね」
二人は、アパートの配置図を見ながら問答を続ける。
「水はここまで来てるんですよね?」
「ええ、そこでバルブ止めになってます」
「露出で良いっすか?」
「この期に及んで、贅沢言えません。・・・繋がってれば」
恐らく、話の内容からして追加工事の件だろう。
「人・・・追加します?」
半ば他人事のように聞いていた俺に、赤羽さんは意味ありげな笑みを向けた。
「いや、オレらだけで、大丈夫っすよ」


施主の気まぐれな一言から発生した散水栓の移設工事。
とは言え、ただでさえタイトなスケジュールと工事金額の中
何故か赤羽さんは自分がやると所長に提案をした。
「平気だって。オレ、管工事持ってるし。後でチェックもして貰うから」
日曜日の朝早く、殆ど使ったことの無い作業服姿の俺に、彼はそう笑う。
「いつも、こんなことしてるんですか?」
「いつもじゃねぇよ。たまに、だな」
簡単な工事とは言え、職人を使えばそれだけの人工がかかる。
それを、彼は自分がやることで浮かそうとしていた。
「このこと、会社には・・・」
「言ってねぇ。対外的には、所長がやるってことになってるから」
浮き沈みの激しい世の中、その波に煽られるように業界の景気も乱高下を繰り返している。
いつ転ぶかも分からない会社を支える為には、強固な土台が必要だ。
彼が持ちつ持たれつの関係を繋ぎ合わせているのは、将来の経営を見据えているからなのかも知れない。

元の散水栓を取り外し、土台に支持を取りながら配管を延長して、移設した器具に接続する。
営業マンとは思えない手つきで工具を使いこなす姿を、廃材を片づけながら眺めていた。
「ユーマ、ちょっとそこのバルブ開けてくれるか?」
一連の作業が終わったらしい先輩が声をかけてくる。
ゆっくりとハンドルを捻ると、水栓から水が流れ出した。
延長した配管を辿りながら、接合部を軽く工具で叩く。
「漏れてっとこは、無さそうだな」
確認作業を終えた彼が頷くのを合図に、バルブを閉める。
「良し。じゃ、片づけて、帰ろーぜ」


現場の帰りに立ち寄ったファミレスは、日曜日の午後とあってか多くの家族連れで賑わっていた。
「これが、赤羽さんの・・・誠意、ですか」
煙草を咥える彼に、そう、聞いてみる。
「お前、その言葉、好きだな」
「それが、基本だと・・・思ってるんで」
溜め息と共に煙を吐く彼が、俺の顔を真っ直ぐに見た。
「誠意ってのは、見返りを求めないって意味だろ?オレらがやってんのとは、真逆のことだ」
互いの私利私欲を満たす為の駆け引きを、体良く見せるように口にされる言葉。
腑に落ちない結果ばかり見てきて、それでもこれが自分の仕事だと矜持を保つ為に
俺はいつからか、この言葉に縋るようになっていたのかも知れない。
「無料の奉仕やってんじゃねぇんだよ。遠回りでも利益に近づくことをやるのが、オレのやり方」
「・・・理想、ですね。営業として」
「そう思うんなら、やりゃあ良いだろ。互いに納得出来んのが、最高の結果なんだから」

□ 75_流儀 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
>>> 小説一覧 <<<

コメント

非公開コメント

Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR