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流儀(2/6)

「そうだ。午後、予定、何かあんの?」
一通り食事を終えた彼は、年季の入ったジッポで煙草に火を点ける。
「一応、事務所を回って来ようかと・・・」
「じゃ、オレに付き合ってみねぇ?」
「え?」
本来なら、午後一からアポ取りをして、夜まで客先回り。
誰もいない会社に戻って営業日誌をつけるのが、ここ最近の俺の日課だった。

「つまんねぇ毎日だな」
「赤羽さんほど・・・自由には出来ませんし」
「しようとしねぇだけだろ?」
社長の息子だから、何をしても許される。
そんな先入観が、知らず知らずのうちに植え付けられていたのも確かだった。
「枠に嵌ってる方が楽だってだけだろ。そんなの。オッサン共と一緒だな」
「赤羽さんは、そりゃ」
「オヤジのコネだからってか?そんなもんが会社の外で役に立つと思ってんの?」
俺を見る先輩の眼が僅かに鋭くなる。
こいつもか、そんな悔しさと寂しさが透けているようで、自分が情けなく思えた。
「オレのやり方は、オレが築いてきた。オヤジの手助けなんか、いらねぇんだ」
苛立った様子で煙草を揉み消した彼は、不意に立ち上がり、言った。
「んで、行くの?行かないの?さっさと決めろよ」

一人でウダウダしていても、気分は落ちるだけだ。
彼を追いかける様に席を立ち、答を発しようとした時、携帯の振動が響きだす。
相手は、つい最近、見積もりを提出した地場ゼネコンの担当だった。
回答期限はまだ先だし、時間的にも精査しているとは思えない。
それでも、担当は午後の早い時間に来て欲しいとの言葉を残した。

勘定を払い、店を出る。
「すみません、ちょっと・・・行かないとならない所が」
外に立っていた赤羽さんに、無念さを籠めて詫びた。
「そ。んじゃ、また今度な」
そっけない返事が寂しいような、嬉しいような、複雑な気分をもたらす。
軽く溜め息を吐いたタイミングで、半歩前を歩いていた先輩がこちらに振り向いた。
つられて立ち止まった俺の顔を、彼はしばらく見つめる。
「何ですか?」
「暗い顔、してんなぁ」
薄く笑いながら指を伸ばし、俺の眉の辺りをそっと撫でていく。
「ここがさぁ、こう、グッと下がるんだよな。ユーマが落ち込んでる時」
「そんなこと、無いですよ」
「自分じゃ分からねぇだろうけど。・・・ま、あんま気負んな」


相手にどんな意図があるのか、分かっていたのかも知れない。
「結論を求められても、即決するな。上と検討すると言っておけよ」
会社を出る直前、恐らく眉が下がった俺の顔を見て、上司はそう声をかけてきた。

約束の時間よりも5分ほど早く着くと、通されたのは小さな会議室だった。
いつもならローパーティションで仕切られた打合せスペースで事足りる。
正確に刻まれる時計の針に、元請けの意図が見え隠れするようで、虚しさが心を覆った。

「今回のお客さんは、なかなか優良なデベさんでね」
父よりも幾らか若いであろうゼネコンの男は、手元の見積書を見ることなく、そう笑う。
「ここ何年かで、マンションなんかの計画もあるそうなんだよ」
今回の物件は、単身者向けのアパートの新築工事。
正直、設備的には大した工事では無い。
安い工事でも引き受け、それを足掛かりに大きな工事の受注を得る。
それがセオリーであり、足元を見られる隙にもなると、教わってきた。
「今後も付き合いが出来ればね、有馬君にも良いんじゃないかと思うんだ」
「それは、もちろん。弊社としても、誠心誠意・・・」
目に見えないものに何の価値も無い。
そう言わんとばかりに、彼は俺の前に二つ折りの紙を差し出してくる。
「なるべく早い内に、答えをくれるかな」
軽く開いた先にあったのは、走り書きの語句と数字。
真面目で誠実な営業活動なんて、結局誰にも求められていない。
「・・・良いお答えを出せるよう、検討させて頂きます」
憂いを紛らわせるように、眉を上げ、笑顔で言葉を返した。


俺が手渡した紙を見て、上司は嘲笑を隠さなかった。
「もう定年近いってのに、やるこた、相変わらずだな」
「昔から、ですか」
「女遊びは、ひとしきりこの人に教わったようなもんだ」
ゴルフ、賭博、酒、女。
昔ながらの営業スタイルは、この不況下だからこそ、重鎮たちに活きる。
「後5年もすりゃ、こんな輩も減るから。それまで我慢しておけ」
「あの、それは・・・」
「経費にも限界がある。落とせるのは精々一人分だからな。オレから連絡するって、伝えておいてくれるか」


朝、TVを点けて聞こえてきた、マンション発注に関わる贈収賄事件のニュース。
何処だってやってることなのに、誰が、どんな目的で情報をリークするのか。
ふと浮かんだその思考がおかしいと気が付くまで、どのくらい時間がかかっただろう。
必要悪だと自分に対して言い訳することが、少し疲れてきたような気がする。
「おはようございます。有馬です。・・・ちょっと、風邪を引いたみたいで」
入社以来続いていた無遅刻・無欠勤の生活。
社会人として何も出来なかった頃から持ってきた、ただ一つの克己。
「はい、明日までには必ず、治します」
何かが、切れてしまったのかも知れない。

□ 75_流儀 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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