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流儀(3/6)

雨空のせいか、時間の感覚がおぼろげになってくる。
時計を見ると、もう午後の2時を過ぎていた。
何をする訳でも無く、飯を食うタイミングも逃し、ただただ時間が過ぎていく一日。
TVを点けてもつまらないワイドショーばかり。
ネットを徘徊するも、圧倒的な情報量の多さに、すぐに疲れてしまった。

机の上に放り出しておいた社用の携帯電話が、着信を知らせる音を響かせる。
数メートル先の物でさえ、取りに行くのが面倒臭い。
長いコールの後、電話は留守録に切り替わったようだった。
窓の外は激しい雨足で幾分煙り始めている。
怖い位の無力感を追い出すように息を一つ吐き、立ち上がった。


「どーした?珍しいな、ユーマが休むの」
電波が悪いのか、快活な声が途切れ途切れになる。
わざとらしく咳をしながら、嘘をついた。
「すみません、ちょっと・・・調子が悪くて」
「しょーがねぇな。ま、最近寒かったし。・・・そうだ、何か食いたいもん、あるか?」
「え・・・?」
「お前ん家、幕張だろ?オレ、これから蘇我の客ん所まで行くから、帰りに買ってってやるよ」
「でも・・・」
「そんな調子じゃ、どーせまともに飯も食ってないんだろ?」
彼の言葉で、忘れていた空腹感が戻ってくる。
それなのに、これと言った物は浮かんでこない。
「・・・ま、いーや。適当に買ってく。夕方過ぎには着くと思うから、また電話するわ」

羨ましいと思う気持ちが拗れると、嫉妬に変わるのだろうか。
営業成績も良く、確固たる自分を持ち、ゆくゆくは会社を継ぐと言う将来の展望まで開けている。
社内で彼を羨まない人間は、あまりいないのではないかと思う。
それが自身の努力によるものかそうでは無いかは関係なく、周囲は不公平感に満ちていく。
そもそも会社と言う組織は公平なものではないし、だからこそ切磋琢磨出来るのだと分かっていても
やっぱり俺は、彼が羨ましく、妬ましい。


「・・・ったく、ひっでー雨」
国道沿いのモールで買ったらしい品々を両手に下げた先輩がやって来たのは、5時を少し回るくらいだった。
「車、そこの下に置いたんだけど、大丈夫か?」
「ええ、あそこは来客用なんで」
「なら、良いか。ほら、とりあえず、これ食っとけ」
幾つもの袋を俺に手渡し、彼は濡れて色を失った髪を掻き上げる。
瞬間、眉をひそめた彼は、その手を首筋に当てて静かに目を閉じた。
「・・・大丈夫、ですか?」
「ああ・・・平気」
「あの、タオル持ってきますから。狭いですけど、どうぞ」

実家から送られてきた新品のバスタオルで頭を拭く赤羽さんを横目に、やたらと重い一つの袋を開く。
「何ですか・・・これ」
中にあったのは、何個もの桃の缶詰だった。
「オレ、風邪引いたら、必ずそれ買うの」
「好きなんですか?」
「そーいう訳じゃねぇけど。しんどい時に食うと、ホッとするって言うかさ」
缶を開けると、濃厚な甘い香りが立ち上る。
と、ここまで来て、中身を入れる様な食器が無いことに気が付いた。

「他に、皿ねぇのかよ」
大きめの丼に浮かぶ桃を見て、彼は呆れたように笑う。
「あんまり食器持ってないんですよ」
「そう言われりゃ、オレもそうか。いつも缶のままで食っちまうし」
「僕も、一人ならそうしますけどね」
フォークで掬い取った大きな塊を、一口で頬張る先輩。
目を細めて満足そうに頷く姿が、俺の中で燻るストレスを和らげてくれる様だった。
「っていうか、お前に買って来たんだから。食えって」


桃で腹が一杯になり、彼の髪も色を取り戻してきた頃、彼は自分が座るベッドを眺めて言った。
「ユーマ、今日、ちゃんと寝てたのか?」
朝起きて、何となく布団を整えて、昼間はベッドに横になることも無かった。
「え・・・ええ」
口ごもる態度で、彼は俺の嘘を見抜いたのだろう。
「何だ?仕事、やんなったか?」
「そういう、訳じゃないんですけど・・・」
俺を見る目は酷く優しくて、それが自分の中の小さなプライドを傷つける。
けれど、否定されるにせよ、肯定されるにせよ、話を聞いてくれるのは、彼しかいないと思った。
「賄賂とか、接待とか、結局、営業ってそんなもんなのかなって。僕の誠意って、何だろうって」
「誠意、ね。その誠意を貫いて1件受注すんのと、金で5件受注すんのは、どっちが良いと思う?」
「それは・・・」
「オレは、金使って営業すんのを悪いとは思わない。つまんねぇとは思うけど」
あまり聞きたくなかった答に、つい言葉が口をつく。
「赤羽さんも、金渡したり・・・するんですか」

意味深な表情をした彼は、やおら立ち上がり、バルコニーへ向かう。
気が付くと、空には夜が覆い始めていた。
「ここなら、煙草吸っても良いのか?」
「別に、部屋の中でも・・・」
「お前、煙草吸わないだろ?」
煙草を咥えたままでサッシを開け、その敷居に腰を掛けて火を点ける。
暗闇に吸い込まれるように、煙が消えていった。

□ 75_流儀 □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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