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交錯★(5/7)

尊敬すべき人間が身近にいることは、仕事人として大きな幸運だ。
入社してすぐに今の課に配属されて以来、時に優しく、時に厳しく指導してくれた先輩。
やがて、彼女は昇進し、先輩から上司へと変わった。
親身になり過ぎた故の誤算だったのか。
古株だった友人の海外転勤を機に、彼が俺の担当になった頃
彼女の彼に対するアプローチが、少しずつ、歪み始めた。

「本当に、尊敬しています。多分、社内で、一番頼りにしています」
彼の隣に腰を下ろした俺は、薄暗い廊下の先に目をやりながら、呟きを聞いていた。
「でも、そういう・・・感情は、持てないんです」
「恋愛、感情?」
「・・・はい」
「それを、彼女には伝えて無いの?」
「何て言えば良いのか・・・言ったら、どうなるのか。考えるほど、怖くなって」

社内恋愛で結婚するカップルは、前の会社にも多くいた。
とは言え、それは男から女に対するアプローチによるものが殆どで
彼のように、女の上司からというのは、正直珍しいことだろう。
何処から話が広まってしまうか分からず、同期や先輩に相談することも出来ない。
ちょっとした関係の拗れが、業務の効率までにも響いてくるかも知れない。
若い男がまだ見ぬ結末を恐れる気持ちも、分からないではなかった。

「すみません。こんな話・・・」
ひとしきり口に出して、何処か気持ちが落ち着いたのだろうか。
顔を上げた彼の表情には、幾ばくかの穏やかさが戻ったように見えた。
「いや、構わないよ。少しは落ち着いた?」
「・・・ええ」
「俺は、どうこう言える立場じゃないけど・・・でも、その気持ちは、はっきり伝えた方が良いと思う」
「そう、ですよね」
「君も、彼女も、辛いだけだろうから」
自分に言い聞かせる様、彼は何度も小さな頷きを繰り返す。
叶わぬ想い。
散々経験してきたけれど、いざ目の前にすると、その痛みがぶり返してくるようだった。


「戻ろう。朝も、早いだろうし・・・」
そう言って腰を上げようとした瞬間、彼の腕が、俺の頭を抱えるように巻きつく。
何が起こったのかを理解出来たのは、その事後のことだった。
傾いた身体は背後の壁に押し付けられ、火照ったままの上半身が密着する。
一瞬重なりあった唇から、溜め息が漏れる。
逸らせない位置で俺に向けられている眼差しを受け止めながら
彼の感触が身体に沁みていくのを、感じていた。

「何・・・するんだ」
俺の声で我に返ったような彼の目に、狼狽が見て取れた。
「もう、僕は・・・」
揺らぐ声と共に、彼の手が浴衣の帯にかかる。
思いも寄らなかった行動に混乱しつつ、語気を少しだけ強くした。
「止めないか」
「・・・どうなっても、いい」
余りに切なげな声に、ほだされそうになる。
再び襲う柔らかな感覚が、抗う気持ちを削いでいく。
それでも、彼の手を、制した。
「水森君、いい加減に・・・」
「好きです・・・磐城さん」


その特別な感情を向けられたのは、生まれて初めてだったと思う。
気が付かなかっただけなのかも知れないが、少なくとも、直接受け止めた経験は無い。
通じることの無い自分の気持ちには、いつも、目を瞑ってきた。
これまでも、これからも、それで良いと思って生きてきた。
「冗談は、よしてくれ」
「すみません・・・すみません、でも、本気、なんです」
引き離そうとする俺にしがみつくよう、彼は自分の腕に力を込める。
「お願いです、何でもします・・・だから、僕に」
多分、彼も、心情を吐露したのは初めてだったのだろう。
混乱で壊れそうな囁きが、身体の震えを纏って耳に届く。
「一回だけ・・・僕に、夜を、下さい」

胸元に埋もれる若い男の頭に手を添える。
「・・・男しか、好きに、なれないんです」
その言葉を発するのに、どれだけの覚悟が必要なのか、よく知っている。
それなのに、俺は未だ、自らの素性を明かすことが出来なかった。
「気持ち悪く思われるのは、分かります。嫌われても、仕方ないと思ってます」
「なら、どうして・・・」
「全てを失っても良いと、思うほど、好きだから」

ここまでの情熱を持つ前に諦めてしまうのは、臆病者だからだろうか。
「失くしてしまったら・・・意味が無いだろう?」
「良いんです。僕は、その思い出だけで・・・一生を過ごしていけます」
想いを成就させるためには、相手が誰であれ、覚悟が必要だ。
「この旅行が終わったら・・・もう、二度と、顔を出しません」
俺が彼に抱いている淡い想いなど、比べ物にならないほどの深い情。
「・・・お願い、します」
それを受け止めるだけの覚悟が、俺には、あるのか。

□ 66_交錯★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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