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交錯★(3/7)

新しい建物に入った時、真っ先に天井を見るのは設備屋。
半ば職業病とも言える癖は、やはり同業者にも身についているようで
独特の真新しい空間に入った一行は、皆一様に高い天井を見上げていた。

吹き抜けのエントランスの向こうに見えるのは、太陽光パネルが敷き詰められた中庭。
受付脇の壁には、自然エネルギーによる発電量を示す大きなディスプレイが掲げられている。
まだ工場が稼働していないからだろう、良く晴れた空から降り注ぐ太陽の電気は売電の状態だった。
「あちらのパネルはごく一部でして、屋上にもパネルを設置しております」
今回の旅行を取り仕切るベテランの営業の声が、空間に響く。
「後程、屋上もご覧頂く予定ですので、ご質問はその際にお受け致します。では、まず機械室から・・・」


屋上の見学を終え、少し遅めの昼食をとったのは午後1時過ぎだった。
隣接する保養所で、社員向けとは思えないほどの豪勢な食事を前にする。
「こんな場所で申し訳ございませんが・・・夜は、ホテルの方で懇親会を設けておりますので」
過剰な謙遜を言葉にしながら、営業の男は挨拶を締めくくる。
東を向く窓に目を向けると、高台に位置した建物から見えるのは、山間に見え隠れする海原。
それが改めて、小旅行の気分を掻き立てた。

一人親方の生業を続けている同業者たちのバイタリティには、いつも感心させられる。
組織に囚われることなく、組織と共生していく。
幾重もの工程を経て成り立つ建設工事の中で、常に血液として巡り続ける存在。
初見の彼らと交換する名刺に、実力に裏打ちされた自信が滲んでいるようだった。

「食事の後は、自家発とコージェネ関係を見て頂く予定になってます」
テーブルの上の昼食が無くなる頃、忙しく動き回っていた若い男はそう声をかけてきた。
「大変そうだね」
俺の言葉に、彼はフッと微笑む。
「ホストですから、当然です。・・・どうですか?こちらの工場の設備は」
「如何にも次世代の工場、って感じだね。ここまで複雑なシステムは滅多に無いな」
「これからは電源の多重化が求められるでしょうし、ウチの会社としても自信になってると思います」
「じゃあ、心置きなく設計をお願いできるね」
「その言葉を頂く為に、お招きしたようなものですから」
窓から射す陽の光が、彼の髪と頬を淡く照らす。
一瞬、意識が飛んだような気がした。
「・・・どうしました?」
「いや、別に。・・・この後は、何時から?」
「2時半からになりますんで、それまで自由に見学されていて下さい」


他人との距離感の違いが分からない歳じゃない。
それが分からなかった若い頃、一度だけ、自らの処遇を告白した相手がいた。
仄かな恋心を抱いていたのだと思う。
困惑した男の目に浮かぶ激しい拒絶を、今でも夢に見ることがある。
あまりにも純粋な恐怖。
諦めるには大き過ぎる感情を、俺はその時、その場所に、置いてきた。

年の頃は、甥と同じくらい。
まだまだ頼りない子供の様に思っていた彼に抱き始めた感情が、心に不安を宿す。
気のせいだと思い込ませようとしている自分が情けない。
過酷な挫折から、やっと立ち直ってきた。
掠り傷一つで自分がどうなってしまうのかも、分からない。
だからこそ、必死で、仕事に逃げてきたのに。


この短い時間で気の合う人間を見つけられたのは、幸運だったのだろう。
誰かと話していさえすれば、立場をわきまえた者なら間に入ろうとはしない。
予定より少し遅れて始まった宴席の場でも、労いの挨拶以外、彼が近寄ってくることは無かった。
距離感を見誤ってしまったのかも知れない。
歳が離れているからこそ、年甲斐も無く感情が揺れたのか。
慌ただしく動き回る彼を時折目で追いながら、居た堪れなさが募った。

宴も終盤になり、少し疲れと酔いを感じ始める。
早めに部屋に戻ろうと席を立った時、一人の男が話しかけてきた。
「いつも水森がお世話になっております」
赤ら顔で頭を下げるのは、若い営業の上司だった。
「加治とも懇意にさせて頂いていたそうで」
風貌からして、恐らく俺や友人と同じくらいの年齢だろう。
笑いながら差し出される盃を丁重に断り、立ち話を進める。
「いえ、こちらこそ。独立してからもお付き合い頂いているのには、感謝しています」
「とんでもない。これからも、何卒宜しくお願い致します」

暫しの談笑の後、彼はある一つの提案をしてきた。
「ところで・・・この後、カラオケでも如何ですか?」
「あ、いや・・・少し、疲れてしまったようで」
「そうでしたか。では、折角ですから、温泉にでも浸かって、日頃の疲れを癒して下さい」
「ありがとうございます」
日頃使い慣れた笑顔のままで再び頭を下げた彼は、背を向けて去っていく。

男を見送るように広間に向けた視線が、ある視線と交錯した。
何か言いたげな表情を浮かべた彼は、こちらに向かって来ようとする姿勢を見せる。
避けていたことを勘ぐられたくない。
気が付かなかった、そう自分に言い訳をしながら、目の前の襖を開けた。

□ 66_交錯★ □
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コメント

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恋におちる瞬間

こんばんは。
いい感じに研修旅行つづいてますね♪
見学や懇親会の、集団行動のもどかしさが、たまりません♪

さて、つねづね好きと恋の違いはなんだろう、なんて考えてたんですが 、ありましたね。
たぶんですけど、恋におちる瞬間…。
そっか、意識とびましたか。(//∇//)

それからですよね。避けちゃったりして。
好きだとよく話すけど、恋したとたん話せなくなるなんて事は、よくありますが。
磐城さんには、辛い過去とかありそうで、ちょっと心配です。
ひどい目にあいませんように…。

ていうか、まべちがわ様の作品は、主人公の運命が急転直下なんてよくあるので、読んでる方の心配が半端ないんですケド、私ダケ?

偲ぶもの。

鈍感なのか、そこまで燃え上がるような性格ではないのか
今まで、恋に "落ちた" と実感したことがありません。
「これが恋なんだな」と気が付くことと同じ意味で認識してはいますが
臆せず、その瞬間を描写してしまったことに
「あれは恋だったんだな」と、恋は "偲ぶもの" になってしまった私にとっては
少し気恥ずかしくもあります。

今回の話は、いい歳をしたオジサンの話なので
ゆっくりゆっくり傾いていくような流れになると思います。
どうか、ご心配せずに次をお待ち頂ければ幸いです。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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