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交錯★(4/7)

酒に浮かされ、心地の良い眠りに落ちたのは、部屋に戻ってすぐのこと。
ベッドに倒れ込んだ体勢が良くなかったのか、身体の節々が痛む。
枕元に置いていた携帯を手に取ると、留守録が入っていることに気が付いた。
『もう、休まれましたか?すみません、一言、御礼だけ。今日はありがとうございました』
時間は既に、夜中の1時を過ぎている。
流石に寝ているだろう、そう思って、申し訳なさを感じつつ携帯を閉じた。


静まり返ったホテルの中。
パタパタという自分のスリッパの音だけが廊下に響いている。
間もなく開けた大浴場前のロビーのベンチに、ある人影が見えた。
目が合った彼女は、確か、ホストである営業チームの一員。
一番下っ端であろう彼に、あれこれと指示を出していた姿を何となく覚えている。

長い髪を後頭部でまとめた浴衣姿の女の表情は、冴えなかった。
軽く頭を下げた後、言葉を選ぶ様子で口を開く。
「あの・・・これから、お風呂ですか?」
「ええ、そのつもりで」
「でしたら・・・あの、中に、水森がいると思うんですが」
隣り合って配置されている浴場の入り口から、当然、中の様子は窺えない。
ただ、長い暖簾の下から見えるスリッパが、誰かの存在を示していた。
「なかなか戻って来なくて・・・様子を、見てきて頂いて良いですか?」

不自然な行動であることを、彼女自身も分かっているのだろう。
風呂上がりの、しかもこの時間に薄く化粧を施している顔からも、彼女の抱く心情が読み取れる。
「構いませんよ」
「すみません・・・ありがとうございます」
不安に苛まれつつ心を揺らす一時。
それに少し羨ましさを感じながら、俺は暖簾を掻き分けた。


勢いよく流れ込む湯の音が、天井の高い空間に籠もっている。
広々とした浴槽に探していた男の姿は無く
大きな窓に目を向けると、外に建てられた簡素な小屋組みと、その下で空を仰ぐ彼が見えた。
その視線の先には、闇しかない。
けれど、彼は一点を見つめたまま動かない。
若干の気まずさを抱えつつ、彼の元へ赴いた。

「こんな時間まで、大変だね」
眠っていた訳では無いんだろうが、俺の声に対する反応は鈍かった。
「あ・・・磐城さん。起きられたんですか」
「電話貰ってたのに。気が付かなくて、申し訳ない」
「いえ、こちらこそ・・・疲れさせてしまったようで」
俺よりもよっぽど疲れているだろう若い男は、くたびれた笑顔を見せる。

軽く掛け湯をして露天風呂に身を沈める。
「そういえば、外で・・・何て言ったっけ、営業の女性が待ってたよ」
待たせている罪悪感からか、彼の表情がふと曇った。
「ああ・・・そうですか」
「水森君、長湯なの?」
「別に、そうでは・・・無いんですが」
気怠そうに細い身体を伸ばした彼は、深い溜め息を一つつき、立ち上がる。
「磐城さん、まだ、いらっしゃいます?」
「いや、長居はしないつもりだけど」
「・・・そうですか」

社内恋愛だろうか。
そのしなやかな肢体の向こうに浮かぶ女の姿。
置いてきたはずの感情が蘇るようだった。
室内へと通じる扉を開け、一回振り返った彼は、夜の闇に曇らされた顔のままで出ていく。
見送った視線を、彼が見つめていた漆黒の風景に移す。
この中に、彼は何を見ていたのだろう。
湯に浸かり、全身が熱に包まれても尚、その答えは分からなかった。


温めの内湯が、全身の疲れを拭い取ってくれるようだった。
普段からあまり長風呂はしないからか、身体が驚いているのかも知れない。
妙に目が冴えたまま、脱衣室に戻った。
ガランとした室内には扇風機の風が心地よく流れている。
落ち着いてきた頃に流れてきた汗が、温泉の余韻を感じさせてくれた。

入口の方から聞こえた物音に、思わず壁の時計を見やる。
時計の針は2時を指そうとしているところ。
俺と同じように、変なタイミングで目を覚ましてしまったのだろうか。
しかし、その気配は脱衣室の中までには入って来ない。
些細な疑問を抱きながら浴衣を羽織り、外へ出る。

そこにいたのは、いるはずの無い男の姿だった。
「・・・どうしたの?」
俯いたままでベンチに座る彼は、俺の問には答えなかった。
「彼女は?」
「そうじゃ、ないんです」
噛み合わない答を、彼は絞り出すように口にする。
「上司、だから。でも、僕は・・・」
狼狽えた様子の彼に、かける言葉が見つからない。
「どうしたら良いか、分からない。仕事だなんて、割り切れない」
「水森君、今日は遅いから、部屋に戻った方が・・・」
浴衣の上から触れられる手の感触に、思わず言葉が止まる。
縋るように俺を見上げる彼の眼は、僅かに潤んでいるように見えた。

□ 66_交錯★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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