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交錯★(1/7)

いつもと同じ朝。
簡単に身支度を整えてから家を出て、コンビニへ朝食を買いに行く。
5分程度で店を出て、同じマンションの違うフロアの部屋へ赴く。
雑然とした室内に、南向きの窓から部分的な朝日が射しているのを見て
また、一日が始まったことを実感した。

築20年も経とうかという分譲マンション。
2LDKの一室は事務所用に購入し、1DKの一室は自宅用の分譲賃貸。
5年前に前の会社を辞めてから、独立を機に引っ越してきた。
最初は事務所兼自宅でやっていたものの、一日中仕事から離れられない苦しさは想像以上で
結局、2つ上のフロアの部屋を借り受けた。
夜遅く戻って寝るだけだけれども、逃げるように身を投じるベッドが無ければ、身が持たない。
そう思っている。


全国でも最上位に入るゼネコンでの仕事は、確かにやりがいに満ちていた。
40歳で年収は一千万円を超え、日々実務に追われる対価としては、十分だったのだと思う。
アジア地域での大型プロジェクトにも駆り出され、年単位での海外生活も経験した。
忙殺される毎日を充実していると思い込ませていたものが、ふと消え去ったのはいつの頃だっただろう。
突然襲い来る不安や焦燥、原因の分からない身体の倦怠感。
踏ん張ろうにも踏ん張れないことを、加齢のせいだと誤魔化すことも難しくなった時
企業医から言い渡されたのは、鬱という病名と、休職の勧めだった。

業界では勝ち組と呼ばれる会社でも、同じようにドロップアウトしていく人間は多く見てきた。
課長職に届かんとしていた時期に、こんなことで戦線離脱することには耐えられない。
ゼネコンマンとしてのプライドも捨てきれなかった。
それでも、周りの視線は尊敬の念から憐みの情へ変わっていく。
他人から引導を渡されるくらいなら、せめて、自ら身を引こう。
苦渋の決断をするに至るまで、自分の身体の変化を知ってから、半年の時間が過ぎていた。

唯一の安心材料は、養うべき家族がいないこと。
結婚はおろか、恋愛すらも諦めた日々を送るようになって随分経つ。
もしかしたら、自分に守るべき大切な存在がいたのなら、耐えきれたのかも知れない。
自らの性指向を心の底から恨んだのは、この時が初めてだった。


「水森です。お忙しいところ、すみません」
上司や後輩、客やメーカーなど、あの会社で築いてきた様々な人脈。
独立してから、それこそが、貴重な財産であったことを改めて実感してきた日々だった。
広大な敷地のプラント工場から、小さなテナントビルまで、様々な物件を回してくれる。
慣れない作業に右往左往しながらもやっていられるのは、彼らの尽力あってこそだと思っている。

「新しい製品のパンフレットが出来たので、お持ちしようと思うんですが」
中でも、入社当時から懇意にしてきた計装メーカーの営業とは
歳も近いということもあり、プライベートでの付き合いも続けるほどの関係になった。
その彼が、海外拠点への栄転を言い渡されたのは半年ほど前。
後任となった若い営業も、上司の意を汲んでか、足繁く通って来てくれている。

「午後から打合せが入ってるんで、夕方くらいはどうかな」
「分かりました。5時くらいでも大丈夫ですか?」
「ああ、むしろそれくらいの方が助かるな」
「では、一度お電話入れてから、お伺いします」
期待の新人だから、と友は笑っていたが、やはり経験不足は否めない。
特殊な設備図面を前にして固まる表情を見ながら、苦笑することも少なくないけれど
技術的な話から、たわいもない日常の話をする内に、人として悪い奴ではないことは分かってきた。

ともすれば、親子ほどの歳の差がある人間と仕事を共にするようになるのは
俺の歳になれば当たり前のこととは言え、ふと不思議な感覚に陥ることもある。
圧倒的な若さを無意識の内に見せつけながら笑う彼の表情に、軽く嫉妬を覚えつつも
少しずつ、信頼関係が築かれていくのを感じていた。


すっかり陽が落ちた秋の夕方。
相変わらず大きな鞄を抱え、若い営業は事務所を訪れた。
「お時間頂いて、申し訳ありません」
「構わないよ」
ホッとした表情を見せながら、彼は紙袋を打合せ用の小さなテーブルに置く。
「磐城さんは・・・カフェラテで良いんですよね?」
取り出したのは、近所にあるコーヒーショップの紙コップ。
たまたま出先の店で顔を合わせた際、俺が頼むところをを覚えていたのだろう。
いつからか、事務所を訪れる時には毎度買って来てくれるようになった。
「いつも、悪いね」
「いえ」
はにかみながら、もう一つ小さなコップを取り出す彼。
多分、自分も飲みたいからなのか、そんな意地の悪いことを考えては可笑しくなる。

太陽光や風力といった自然エネルギーによる自家発電の監視・制御も兼ねた総合制御盤。
年々需要が高まるこれらの電源を、より効率的に運用する為にはどうすれば良いのか。
そんな観点から開発された新製品のカタログを並べながら、彼はメリットだけを掻い摘んで説明する。
省エネ・節電と声高に叫ばれている昨今、一部の企業が力を入れているのは確かだ。
けれど、それは金のあるところだけ。
種々提案されたところで、コストがペイ出来ない現実を知れば、気概が挫かれるのは当然のことだろう。

「まあ・・・今のシステムをダイナミックに変える必要があるので、なかなか厳しいとは、思いますが」
メーカーの立場である彼も、それは重々承知しているのだろう。
「これだけコストがかかるとなると、難しいだろうね」
「一応、インフラと組んで、補助金貰える方向には持って行こうとしてますけど」
「環境推進の工場とか、そんな物件が狙い目かな」
「なるほど・・・」

□ 66_交錯★ □
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初回を読む楽しみ

こんばんは♪
ひとつの連載が終わって、 次のお話が始まる前は、ドキドキします。
どんなお話なんだろう。楽しいのかな、コワイのかな。主人公はどんなメにあうんだろう(笑)、とか思って。
まべちがわ様のお話は、短編集だから、そんな初回を読む楽しみも、多いわけで。
トクした気分です。
でも、お話を考えるがわになると、どうなんでしょう。大変なのかな?
応援してます。頑張ってください☆
あと、苦手なのかな…?
いつか、あまあまで、ラブラブで、イチャイチャなお話も書いてください。お願いします♪

全ては第一印象。

新たに話を始める際、一番に気にするのは第一印象です。
掴みが良くてもダラダラ流れていく話もありますが
掴みが悪ければ、もう次には繋がりません。
ここから盛り上がるからと言い訳したところで、聞こえているのは自分だけで
毎回出来るだけ異なるテイストの物をと考えるほど、一話目の重要さが際立ちます。

ちなみに、ご指摘通り、甘い話は苦手です。
自分ではそれなりに…と思う場面も無くは無いのですが
やはりあっさりしてしまうのでしょうか。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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