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交錯★(2/7)

早々に新製品の営業を切り上げた雰囲気で、今日の目的が別の点であることを察する。
「ところで、磐城さん。来月の初めくらい、お仕事忙しそうですか?」
プラスチックのコップにコロコロと氷を当てながら、彼は尋ねてきた。
「何件か物件はあるけど・・・大きいのは月末で終わるから、少し落ち着くと思うよ」
良かった、と呟いて鞄の中を漁る彼。
「急な話で何なんですけど・・・実は、弊社で新しい工場を建てまして」
示されたパンフレットには、山の中に建つ真っ白な建屋の写真がある。
太陽光・風力発電や壁面緑化、ガスコージェネなど様々な省エネ設備を備えた次世代型工場。
「もう、まさに磐城さんが仰った通りで、さっきのシステムも初めてここで運用されるんです」
「羽振りが良いみたいで」
「いえいえ、ここまでの設備投資は、もうしばらく無いと思いますよ」

工場の概要を説明してくれた彼は、更にもう一枚、資料を取り出す。
「で、日頃お世話になっている事務所さん対象に、工場見学を行う予定でして」
「場所は・・・伊東か。結構遠いね」
「こちらで特急を手配しますし・・・一応、一泊二日の予定で温泉に宿泊して頂こうと」

この不況のご時世でも、施設見学や懇親会を開く業者は少なくない。
とは言え、ここまで豪勢な研修は昨今珍しくなってきた。
それは、彼の会社が如何に優良な経営状態なのかを示しているようだった。
「俺みたいな小っちゃいところの人間でも良いの?」
「大手さん向けは、また別にやるそうなんで」
「そう・・・ちょっと、調整してみるよ」
「是非、ご参加頂ければ。磐城さんには、いつもお世話になってますから」
何処となく嬉しげな顔で笑う彼は、一応、と言いながら参加申込書を手渡してくれる。
「水森君も、来るんだよね?」
「もちろんです。・・・でなきゃ、お誘いしません」

自他ともに認めるワーカホリック。
それは、今までも、そしてこれからも、変わらないんだろう。
気持ちの切り替えが不得手なのも、その気性のせいなのかも知れない。
旅行なんて、前の会社での社員旅行くらいしか記憶にないし、あまり好きでもないのだけれど
若い営業が置いていった手作りのパンフレットを眺めながら、久しぶりに心の躍動を感じていた。


市街地を抜け、海を抜け、山を抜け、また車窓に海が広がってくる。
秋空を背景に、目まぐるしく変わりゆく背景を眺めていた。
こんな何も無い時間を過ごすのは、いつ以来だろう。
「折角なんだから、一か月くらい旅行でもして来いよ」
送別会でそう笑った同期の言葉も、頷いたままで流してしまった。
抗えない現実から逃げ出した後ろめたさが、あったのかも知れない。

「後、30分くらいで着くそうですよ」
若い男は、そう言いながら隣の席に座ってくる。
「案外、退屈しないもんだね」
「僕も、この電車に乗るのは初めてなんですが、風景に見とれてるとあっという間です」
見る見るうちに窓を占拠していく海に目を向けながら、彼は明るい笑みを見せた。
「磐城さんは、旅行とか、されます?」
「いや、殆どしないな」
「お忙しいですもんね」
気分が緩んでいたのだろう。
極力言わないようにしていたことが、口をついた。
「まあ、それもあるし・・・この歳で一人旅っていうのも」

独身であることを訝しまれるのは、精々30代までだと思っていたのは、身勝手な妄想。
家庭を持ち、家族の為に働くことが当然という男の性は、いつまでも付いて回ってくる。
気の置けない友人に独身貴族と揶揄されることには慣れたけれど
結婚出来ない身の上が、卑屈な感情を生み出すことは少なくなかった。

「たまには気晴らししなきゃ、やってらんないんじゃないですか?」
そんな心情を知ってから知らずか、彼はそう言ってくる。
「まぁ、そうなんだけどね」
「他人のことは言えませんけど・・・僕も」
「水森君は、結構アクティブな感じに見えるけどな」
「仕事で外を回っているからですかね。休みの日は、殆ど家の中ですよ」
「彼女が不機嫌にならない?」
「まあ・・・いれば、そうかも知れませんね」
仕事柄もあるのだろう、それ相応に身だしなみに気を遣っている彼。
容姿も決して悪くない。
直接、その存在を耳にしたことはなかったけれど、当然、いるものと考えていた。
自分が聞かれたくない質問はしないようにと心がけていたのに
先入観で軽い口を叩いてしまったことを、少し低くなったトーンで後悔する。


「加治とは、よくゴルフに出かけていたそうですが」
取り直した彼の口調が、昔の思い出を蘇らせる。
営業畑一筋で歩んできた友人は、滅法ゴルフが上手かった。

「客相手じゃ、本気出せないからな」
「俺だったら、良いのかよ」
「当然だろ。その為に連れて来てるんだから」
「酷い奴」
「でも、気晴らしにはなってるだろ?」
ラウンドを終え、遅い昼食をとりながら、友はいつもそんな風に笑っていた。

目的地を報せる車内放送が流れ、彼は静かに席を立つ。
「僕も、その内、ご一緒させて下さい」
「ゴルフ、やるの?」
「いえ。でも、そろそろ、覚えておこうかと」
そう微笑んだ彼は、俺の答を待たないまま自席へ戻っていく。
社交辞令と分かっていても、関係を深めようとしてくる気配に嫌悪感は無かった。

□ 66_交錯★ □
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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