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充足★(6/7)

全ては無かったことのようだった。
嵐の直前、階段で空を見上げてから、今に至るまで。
1日休んだだけの現場は、当然のことながら何も変わらず
武井さんの軽口も、越智さんのおどおどした口調も、そのままだった。
俺がそう望んでいたから、そう目に映ったのかも知れない。
ただ、彼と俺の顔に残る傷だけが、それが現実だったということを突きつける。

昼休憩の際、首に巻いていたタオルを、つい癖で取ってしまった。
「何だ、それ?女にやられたのか?」
首筋に残る赤い斑点を目ざとく見つけられ、当然のように突っ込まれる。
「いや、別に・・・」
「目立つところに付けるなんて、意外に激しいプレイしてるんだな」
先輩連中は、そう言って笑いの種にしていく。
俺は愛想笑いで、その場を誤魔化す。
視線を泳がせると、こちらを見て僅かに微笑む彼の姿が目に入った。
薄ら寒くなる。
身体の痛みは、まだ引かない。
そして、彼に付けられた枷も、まだ、取れない。


病み上がりの俺に気を遣ってくれたのか、今日は軽作業を任された。
その代わり、と言うことで、作業後の後片付けを買って出る。
あの日とは違う、夕焼けの赤い光が、空洞の窓から差し込んでいた。
一通り片づけが終わったところで、いつもの階段で一服を済ます。
この天気なら、歩いて帰るのも気持ち良さそうだ、そんな風に考えていた。

誰かの靴音が背後から聞こえ、思わず振り返る。
そこにいたのは越智さんだった。
緊張で、顔が強張った。
「お疲れ様です」
「・・・お疲れ、です」
「もう、帰られるでしょう?」
「ええ・・・」
ガタイが良い方でも無いし、背が高い訳でもない彼が、とてつもなく大きく見えた。

「この間は、すみませんでした。・・・置き去りにして」
彼の顔には、冷たい笑みが満ちている。
「僕が、風邪、引かせちゃったかな」
何も言えなかった。
そこに至る過程の責任は俺にある、自業自得だ、と彼は思っているのだろう。
確かに俺自身も、その罪悪感が拭えずにいる。
「・・・こちらこそ、すみませんでした」
「何が?」
「・・・何も、出来ず」
豹変の合図かのような、鼻で笑う声が聞こえる。
「ホントに悪いと思ってんの?」
「思って、ます」
「じゃ、土下座してくれる?そこに」
彼は、床を顎で指し示す。
どうして、俺が。
不満を顔に出さないよう、俺はその場に座り、床に頭を下げた。

近づいてくる足音が聞こえ、低い視線に靴先が入り込んでくる。
その硬い感触が顎に当たり、上を向かされる。
夕陽を受けて赤みがかった、勝ち誇ったような彼の顔が、目に焼きついた。
「やっぱ、ダメだわ」
彼はそう言って、口角を上げる。
悔しさで顔が歪むのを必死に耐えた。
「同じ目に遭わさないと、気ぃ済まない、かな」

残作業があるのだろうか、上のフロアからは、まだ工事の音が聞こえてくる。
その音が遠くなっていくような気分だった。
ひれ伏し、身体を震わせる俺に、彼は問いかける。
「事務所戻りましょうか。もう、誰もいないと思うんで」


電気が消され、薄暗くなった事務所の中。
背後で、ガラスの引き戸が勢い良く閉められた。
怒りを向ける方向が違うだろう?
そんなわだかまりが、つい言葉を吐き出させる。
「・・・俺は、そんなに、悪いこと、しましたか」
安全靴の重い音が近づいてきて、すぐ後ろで止まる。
跡の残る首筋にそっと手を添えられ、身体がビクついた。
「どうすることも出来なかったことぐらい、僕にも分かります」
まるで癒すかのように、その親指が傷を撫で続ける。
「もし、同じ立場なら、僕もああするしかなかったと、思います」
「なら、どうして・・・」
「もやもやした気分が、どう思考を巡らせても、晴れないんですよ」
「俺を、何とかすることで、その気分が晴れると・・・?」
「さぁ、どうでしょう」
彼の手が腰に下がり、そのまま前へ押し出すように力が入る。
前のめりになりながら、俺の身体は事務所の奥へと追いやられていく。
「ただ、少なくとも」
目の前に壁が迫る頃、彼は再び変化を見せる。
「あんたに矛先を向けてる間は、すっきりする、気がするんだ」

□ 26_充足★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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