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充足★(2/7)

大きな雨粒がアスファルトをポツポツと濡らし始める。
薄暗くなった周囲に、現場事務所の灯りが僅かに滲む。
後片付けも終わり、作業道具を抱えて事務所の引き戸に手をかけた時だった。
「やめて下さい!」
叫び声と、大きな物音。
戸を開けて中に入ると、床に転がる越智さんの身体が見えた。
「な・・・」
馬乗りになり、その口を手で塞ぐ武井さんは、気味の悪い笑みを見せる。
「おう、朝倉、まだいたか」
「何、やって、るんですか・・・?」
「お前、外で見張っとけ」
何を、そう聞けるような空気ではなかった。
数人の男に見下ろされている越智さんの表情は、脅えきっていた。
俺は身体の震えを感じながら、視線を逸らし、外に出た。

怒号と悲鳴、時折嘲笑の混じる声。
物が落ち、何かが床に叩きつけられる音。
その振動が、背後の扉をピリピリと震わせる。
暗くなった空からは、止め処も無く雨が降り注いでいた。
室内で何が行われているのか、容易に想像できた。
震えが止まらない。
堪らず、しゃがみ込んだ。
人間は、何処まで残虐になれるのか。
あの衝動がこちらに飛び火してこないことを、祈るばかりだった。


どれくらいの時間が経ったんだろう。
地面を流れる水は小さな川のようになっていて、所々に大きな水溜りが出来ていた。
狼藉の音が止み、雨音が耳を支配した時、もたれていた扉が突然開く。
出てきた先輩たちの顔は何処か満ち足りたような表情で、その違和感で背筋が凍る。
「後、片付けておけよ」
俺の肩を叩きながら、武井さんが耳元で囁く。
「お前も、抜いてったら?」
その吐き気がするような笑みに、無言で顔を強張らせることしか出来なかった。

開いた引き戸の向こうへ足を進めるのには、しばらくの時間を要した。
覗き込んだ室内には、残されたはずの人影は無く
床の上に乱雑に散らばった物と、点々と飛び散った白い液体が目に入る。
湿気っぽい空気が、得も言われない匂いに汚されていた。
奥のトイレの方からは、嘔吐する声と激しい水音が聞こえてくる。

逃げ出したくなるような空気の中、ロッカーに自分の荷物を放り込み、床に落ちた物を片付ける。
不意にドアが開く音がして、思わずそちらへ視線を向けた。
乱れた服装と、所々腫れた顔が、その凄惨さを物語る。
茫然自失の表情を変える事無く、彼は俺を一瞥した。
言葉は無かった。
俺もまた、何かを発することは出来ず、視線を床へ戻す。
ロッカーを開け閉めする音がし、徐々に近づいてくる足音を感じながら
早くこの時間が過ぎ去って欲しい、そればかりを考える。

「・・・あんたも、やってく?」
俺の後ろを通り過ぎる瞬間、彼はそう言った。
身が縮む思いだった。
緊張で口がなかなか動かない。
「お疲れ、様、でした」
彼に背を向けたまま、一言を搾り出す。
鼻で笑うような声と共に、彼は事務所を後にした。

作業机を元通りにし、散らばった施工図を整理し、床にこびり付いた体液をモップで拭き取る。
証拠を隠滅するように、俺はひたすら掃除を続けた。
俺がやった訳でも無いのに、何故。
そう思いながら、昨日までの日常を取り戻そうと、必死だった。


雨の勢いは、弱まることを知らない。
いつもなら送迎用のバスが駅まで連れて行ってくれるが、その時間も過ぎてしまった。
仕方なく、置き傘を手に、現場を後にする。
途中の駐車場に一台の車が止まっているのが見えた。
ちゃんと帰れるんだろうか、そんな心配をしつつ、足早に通り過ぎた。

住宅地と一体で造成をしているこの辺りには、建物らしい建物は全く無い。
辺りはすっかり暗くなり、アスファルトに跳ね返る雨が、足元を濡らす。
左手に林が広がる、緩やかな坂が続く道を歩いていると、後ろから光が近づいてきた。
この道は、ショッピングセンターの現場で行き止まりになっている。
確認するまでも無く、誰の車なのか分かった。

横を通り過ぎるタイミングで車は停まり、助手席側の窓が開く。
「送りますよ。乗って」
幾らか表情を取り戻した越智さんが、声をかけてくる。
「・・・大丈夫なんで」
「良いから。風邪引くと、大変ですし」
車なら、駅までは10分程度。
それくらいの無言の時間は、耐えられるだろう。
そう思いながら、彼の車に乗り込んだ。

□ 26_充足★ □   
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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