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萌芽(7/7)

まるでプロポーズのような言葉。
けれど、戸惑いは、一瞬だった。
「ああ、ずっと、一緒だ」
俺もそれを求めていたから、だと思う。
赤い目をした彼は、安心したような、いつもの柔和な笑顔を見せてくれた。
「俺、飯作るから。もうちょっと寝てろよ」
軽く頭を撫でると、静かに目を瞑る。
その表情を見て、今までに無い優しい気持ちが広がった。
これが、救い、なんだろうか。

それから、俺と義隆の関係は、微妙に変化したように思う。
距離が近くなったのかも知れない。
開くことの出来なかった心の一部分を、徐々に開くことが出来るようになった。


「この間、話してた会社なんだけど」
一週間ほど経ったある日、夕食時にそんな話題になった。
「ああ、求人の?」
「山下工務店ってとこが、現場未経験でもOKっていう話をしてるみたいで」
「そうなんだ」
「受けてみたらどうだ?」
自信ありげな口調に、些か不思議な気分を抱えつつ
一先ず動かなければ何にもならない、そう考えさせられた。

ハローワークを通じて取り付けた、面接の約束。
久しぶりに着るスーツの感触が、妙に窮屈に感じる。
訪れた会社は、街の工務店と言うには大きな社屋だった。
公共工事を生業としているようだったが、民間の戸建住宅を含め、手広くやっているらしい。

面接に現れたのは、社長と中堅社員の二人。
職歴や業務内容などを一通り聞かれた後
一番聞かれたくない、けれど必ず聞かれるであろう質問が投げかけられる。
「前職を退職した理由を、お聞かせいただけますか。自己都合と言うことですが」
「・・・業績不振で給与カットを予告されたので」
手の震えを、必死に抑える。
「今後のことを考え、退職しました」
「何故、東京ではなく、こちらで再就職を?」
「実家に近いものですから・・・」
中堅の社員が詮索するような視線を向け、手元の資料に何かを書き込む。
居た堪れず視線を床に落とした時、背後のドアから誰かが入って来た。
面接官の視線がそちらに動き、また俺に戻る。
「では、結果は2、3日中にご連絡致しますので」
二人が席を立つと同時に、背後に立っていたであろう男が部屋の中に入って来た。
彼は、彼らとアイコンタクトを交わしながら、俺の側に立つ。
「ちょっと、お話、良いかな」

渡された名刺には、専務と言う肩書きと、東と言う名前が書かれていた。
それを見て、彼の顔に見覚えがあることを思い出す。
「義隆が、世話になってるみたいだね」
「・・・いえ、こちらこそ」
元々、俺の街にある支店にいた彼は、昇進を期に本社へやって来たそうだ。
息子とは未だに連絡を取り合っているようで、今回のことも、義隆が話を通したらしい。
「我が侭一つ言わなかったあいつが、言ってたんだよ」
「・・・何を、ですか」
「大切な人に、力を貸して欲しい、って」
俺のパートナーは、本気で俺を救おうとしてくれてる。
その想いに、背筋が寒くなるほど、心を揺さぶられた。


「なぁ、たまには飯作ってくれよ」
「今はそんな時間ねぇの、分かるだろ?」
「じゃ、週末だけでも」
「・・・それなら、いいけど」
無事に就職が決まり、研修期間に入った俺は、食事を作る任を解かれた。
しかし、それを許したにも関わらず、本人はどうやら納得出来ていないらしい。
「交代で作るとか、どうよ?お前も作れるだろ?」
「え~・・・お前が作る飯が良いんだよ」
「じゃ、毎日カレーでも、文句言わないんだな?」

不満げな義隆の顔を見ながら、会社帰りに買ってきたものがあったことを思い出す。
「そうだ、畑なんだけど」
互いに職を持ち、畑の管理が出来なくなってきたこともあり
その処遇をどうするか、以前から懸案になっていた。
「花、植えね?」
「花?」
俺が取り出した花の種を手にして、彼は楽しそうに笑う。
「花って顔かよ」
「顔で植えるもんじゃ無いだろ?」
「そうだけどさ」
買って来たのは、矢車菊の種。
秋に向けて蒔くことの出来る花の一つだ。
「良いね・・・水遣りは交代だよな?」
種が入った袋を見ながら、彼はいつもの微笑みを見せてくれた。

男二人の共同生活。
心の奥に傷を抱えながら、それを舐め合うように、生きている。
精神的なバランスは、まだ脆いかも知れない。
その土台を踏み締めるように、俺たちは歩いていく。
秋の初めとは言え、残暑が厳しいからだろうか。
畑に撒いた種は、既に芽吹き始めていた

□ 25_萌芽 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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愛って何!?

矢車菊の花言葉。「繊細」「幸福感」「優雅」「信頼」。

お互いに傷持つ二人が、支え合って生きる…。
これは愛なのかなぁ。

結婚して夫も子供もいるのに、「愛」が何かわからない。叱られそうですが、親の愛を受けたと実感しないから、良くわかりません。
単身赴任が長い父。
別居していても姑と仲が悪い母は、イライラが高じると、激昂しました。
金属の玉杓子で頭を殴られた小学生の時。病院の医師が「自分の子供を殺すつもりか!?」と、きつく叱責していたのだけは覚えています。
妹は病死していてその事実は変えようがない。
中学生の時、「(妹の代わりに)お前が死ねば良かった!!」と言われて、本当に死んでしまうところでした。
言葉って、怖いですね、凶器にもなるから。
大人になったら、母の心中が少しはわかりました。
1人の看護師が入院した時、1ヶ月程、その女性の赤ちゃんを家で預かりました。
「明日から赤ん坊を預かるから。」と言った父は、いきなり次の日に男の赤ん坊を連れて来ました。
小学生の私は母に申し訳ないと思いながらも赤ん坊が可愛くて、1ヶ月後居なくなった時は凄く寂しかったですね。
以後、1度もその子に会った事はないけど、その子の結婚式に出席した父がポロリと洩らしました。立派な医師になったって…。
母が怒りや不満を父に一言でも言えたら、我が子にあたる事もなかったと思います。
離婚したほうが子供の為になる事もありますね。

根底にあるもの。

花言葉までは頭にありませんでしたので
意味が大きく外れたものではなかったことに、ほっとしました。

愛とは何か。
きっと、全ての人にとって曖昧なものなのではないかと思います。
人間の根底にある、誰かを、何かを思う気持ち。
目に見えないからこそ、証明できないからこそ
口に出すことが、大きな意味を持つのかも知れません。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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