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萌芽(2/7)

「今度、出張で東京に行くんだ」
会社を辞め、ハローワーク通いを始めた頃、そんな電話がかかって来た。
「ちょっと、会おうよ」
あれから何回か電話でのやり取りはしていたけれど
鬱で苦しんでいたことも、会社を辞めたことも、義隆には話していなかった。
「随分・・・急だな」
「仕事、忙しいか?」
「いや・・・そう言う訳じゃ無いけど」
今の情けない自分を、見られたくない。
ちっぽけな体裁を気にする自分が、殊更嫌になってくる。

どもる俺の様子に、彼は何か気が付いたのだろうか。
「成久」
「ん?」
「オレで良ければ、力になるからさ」
優しい声だった。
「何か、悩みがあるなら、相談してよ」
「・・・わかった。ありがとう」


金曜日の夜。
10年以上ぶりに会う幼馴染は、当然のことながらすっかり大人になっていて
けれども、少し気弱そうに見える面影はそのままだった。
「変わって・・・無くは無いな」
「そりゃそうだよ。背だって、オレの方が高くなったしね」
昔はクラスで小さい方だった義隆の背は、今では俺よりも高いほどだ。

「飯は?」
「まだ」
「宿は?」
「はっちょーぼり、とか言うとこ」
「とかって何だよ・・・」
「部署のお姉ちゃんが取ったから、よく知らないんだよ」
明日の朝に東京駅から新幹線に乗るって言うのに、何で八丁堀なんだ。
「じゃ、その近くで飯にしようぜ」
「行ったこと、あんの?」
「何回か、仕事で」
感心したような声を出す幼馴染に、俺は一言釘を刺した。
「東京駅での乗り換え、すげー遠いから、覚悟しておけよ?」

八丁堀には、会社に勤めていた頃に担当した物件があった。
足繁く通った時期があり、その時に見つけた店を何件か知っている。
中でも気に入っていた魚料理メインの居酒屋に入る。
「昔、魚嫌いじゃなかった?」
「そうだっけ?」
「メザシが食えないって、泣いてたような」
「・・・いつの話だよ?」
「小学校の時?」
「良く覚えてんなぁ」
その凄まじい記憶力に感心しながら、ビールで再会を祝う。


久しぶりに酒を飲んだからか、食欲の減退が酷くなる感じがした。
いろいろ頼んだは良いが、殆ど箸を付けられない。
「・・・食わないの?」
「ああ・・・あんま、食欲無いんだ」
不意に、手首を掴まれた。
お世辞にも健康的とは言えない、骨の浮いた手首を見て、義隆の表情が曇る。
「痩せてんな」
「ちょっと、ね」
「ちょっとって状態じゃないよ、これ」
会社を辞めて、感情が落ちることはあまり無くなったけれど、食欲が出ないのは相変わらずだった。
無理に食べても戻してしまうこともあり、体重はなかなか元に戻らない。
「何か、好物とか、無いの?」
「・・・思いつかない」
「重症だな」
フレームの無い眼鏡の向こうの目が、細くなる。
「話したいことがあれば、何でも、聞くから」

あの頃、大人になってこんな話をしているなんて、想像もしなかった。
何もかもがプラス思考だった時代もあった。
歳を取るって、どう言うことなんだろう。
プラスとマイナスのバランスが崩れて、もがいている俺。
幼馴染に話を聞いてもらうことで、そのバランスを調整することは出来るだろうか。

「会社・・・辞めたんだ」
「そうか」
居た堪れずに目を逸らす俺に、義隆は慈しむ様な口調で言った。
「お疲れさん」
急に感情が込み上げてきて、言葉が続かない。
下を向いて、唇を噛んだ。
こんなことは、甘えだって、分かっているのに。

□ 25_萌芽 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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希望の芽生え

本当に京/葉線の乗り場は遠いですね。某リゾートへ行く時、いつも思いますから~。
でも、なんで出張のホテルが東京駅の周辺、八重洲口近くとかじゃないんでしょう?
八丁堀と聞いたら、時代劇を連想します。八丁堀の旦那、ってね!
良く考えたら通過駅で、降りた事ないわ…。

さて、宮坂はうつ病ですか!?
この病気は良くなってきた時に、自殺の危険があるんですよね。重症の時は、そんな事をする気力も無いから。良くなってきた時に将来の事とか考える力が出て、突発的に死んでしまったりするから、残された家族や親しい人は精神的な打撃を受けてしまう。
義隆は包容力がある感じ。
宮坂を上手く癒してくれるといいけど…。
『萌芽』という題名に希望が見えます。

娘の小学校では、今日から東日本大震災救援の為の募金が児童会を中心に始まり、初日の今日、募金しました。
首都圏も余震の心配、地域によっては計画停電もあり、又、福島原発も気になる…と、大変でしょうけど、関西の私達もやれる支援はするつもりです。
阪神淡路大震災では全国から支援されましたから!

自分でも気付けない。

突然気分が上がったり、落ちたり。
連続性の無い感情に疑問を感じなくなったら、精神的に参ってるのかなと思います。
自分でも気がつけない内に、じわじわと弱っていくような。

私が言うことではないかも知れませんが、募金、ありがとうございます。
多くの人の心に中にある善意の欠片が、被災した方々の支えになるでしょう。
20年以上育ててくれた故郷に恩を返す為にも、復興の軌跡を見届けて行きたいと思います。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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