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萌芽(4/7)

体温と血圧を測り、軽い問診を受ける。
「2、3日で退院できますからね。それまで、安静に」
ノートPCにその結果を入力しながら、彼女は言った。
「後、一つ」
彼女の視線が、古傷だらけの左腕に落ちる。
「お付き添いの方から、事故だと聞いてますが」
「え・・・?」
あいにく、その本人は席を外していて、意図を確認することが出来ない。
怪訝な表情で質問を投げかける看護士も、事実は分かっているはずだった。
「・・・はい・・・つい、手が滑って」
点滴の刺さる、幾分麻痺が残った腕を撫でながら、俺は答えた。
「・・・そうですか。それであれば、保険適用となりますので」
追加で何かを入力しながら、彼女は去って行った。

看護士と入れ替わるよう、義隆が戻ってくる。
「お母さん、昼前には着くって」
「・・・そう」
「どっちが良い?」
彼の手には、ペットボトルのお茶とスポーツ飲料。
お茶を指差すと、その蓋を開けて、俺の右手に持たせてくれる。
冷たい液体が、喉を通って胃に落ちるのを感じた。
「どれくらいで、退院できそう?」
「2、3日で、出られるって」
「そ、か。何よりだね」
飲み物を一口呷り、彼は俺の顔をまっすぐに見る。
「成久・・・ウチに、帰ろう」


結局、母が来るまで義隆は側に付いていてくれた。
こんなことになった理由も、会社を辞めた理由も、俺のことは一切何も聞かず
昔の話や、東京の印象や、今住んでいる街の話など、たわいも無い話に終始した。
触れられたくない場所を探る様子も見せない彼に、心が休まる。

悲壮な顔をした母がやってきたのは、昼食も近くなった時間だった。
義隆は席を立ち、母と一言二言交わす。
話の内容は分からなかったが、母は彼に対して深々と頭を下げた。
「じゃ、またな。・・・待ってるから」
そう言って、彼は病室を後にした。
その笑みを心に焼き付けるよう、背中を見送る。
後ろ髪を引かれる気分になるのは、彼の手を求めているからなのか。
それは、縋るところの無い俺に、唯一残された逃げ道。


病院を出る頃には、左手の痺れは殆ど無くなっていた。
痛みはあったけれど、やらなければならないことが、山のようにある。
部屋の掃除、荷物の整理、転居の手続き。
積極的な気分がいつまで続くか分からない。
この気持ちが途切れないうちに、やってしまいたかった。

「来週末で良いんだよな?」
電話の向こうの声は、明るかった。
大きな不安を抱えている俺とは、対照的だ。
「土曜日の午後指定にしてあるよ」
一人暮らしが長かったこともあり、荷物の量もそれなりにあった。
けれど、本当に必要なものだけを選定してみたら、驚くほど物の数は減った。
引越し用のプランを頼むまでも無かったかも知れない。
「ま、家電も家具も、一通りあるからね」
「・・・本当に、良いのか?」
「当たり前だろ?もう、一つ部屋空けちゃったんだから。来て貰わなきゃ、困るよ」
そのトーンを明るくしているのは、期待、なんだろうか。
彼の声に引き摺られる様、不安がほんの少しだけ、解消された。


初めて降り立つ駅。
初めての街。
駅で出迎えてくれた義隆の車に乗り、街中を走っていく。
「相当、田舎だろ?」
「ああ、まあ・・・」
低層の建物ばかりの短い商店街を抜けると、山に張り付いたような家々が転々と見える。
川を渡り、線路を跨いで、しばらく走ったところに、彼の家はあった。
築30年程度だろうか、平屋の一軒家。
庭・・・と言うよりも、小規模な畑が裏手に見える。
「ここに、一人?」
「そ、だから一人じゃ寂しい位だって、言っただろ?」

貯蓄はそれほど多くない。
雇用保険だって、そんな額じゃない。
生活費は、大きな気がかりだった。
「ここって、家賃は?」
「3万5千円」
「は・・・?」
「破格だろ?」
この辺では、殆どの世帯が持ち家。
賃貸の需要が無いからか、空の住居が転々としている。
売るにも売れない家が格安で貸し出されているのは、珍しいことでは無いらしい。
「幾ら出せば良い?」
「そうだなぁ・・・とりあえず、こみこみ月2万円、食費は折半で」
「そんだけ?」
「飯作ってくれたら、1万5千円」
「それくらいなら、やるけど・・・」
「じゃ、決まりね」
楽しげに話す義隆が、意味ありげな笑みを浮かべる。
「あと、成久にお願いしたいことがあるんだ」

□ 25_萌芽 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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判断力の低下

地震から1週間。
原発がこんな事になるなんて!
ウチは関西在住です。全国紙以外に地方紙の新聞を購読していますが、忙しくて、地方紙のほうはあまり読んでなかったんです。
それで17日付地方紙朝刊をその日の夜に読んだところ、九州大学大学院教授の「前代未聞の同時多発溶融」という見出しの署名記事を読んで驚愕!過呼吸を起こしてひっくり返るかと思いました!
家族の説明を聞いて少し落ち着きましたが、首都圏には、東京・千葉・横浜に親族や親戚が住んでいるので、心臓が潰れそうです。
全国紙やテレビのニュースとは報道内容やニュアンスが少し違います。
家族の話では、山口県岩国基地の米軍が移動しない限り慌てなくて良いだろうと言いますので、少し安心しました。私もストレスを貯めないように気を付けなければ!正直、その記事を読んで消耗しまして、今日は疲れきっています。

確かに疲れきると、正常な判断能力を失いますね。
この話の宮坂には、義隆という逃げ場があって良かったかもしれない…。
しかし、新しい環境はそれが又、新しいストレスにもなるわけで、難しいですね。
良い方向へ向かって欲しいですが…。

平穏な日々。

原発の事故は、確かに不安を抱いて当然ですね。
ただ、特に東京電力管内に住んでいる私たちは、少なくともその電力を享受していて
リスクも同時に抱えざるを得ないものであると認識しています。
それもあって、電力を供給されていないにも拘らず災難に見舞われている福島には
申し訳無さしか感じられません。

不安な心情は、身体や思考に大きく影響します。
他人に言えるほど、私もまだ平静を取り戻してはいませんが
今ある平穏な日常に感謝しながら、安心して日々をお過ごし下さい。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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