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萌芽(1/7)

「会社都合には出来ないけど、それは了解して貰えるよね?」
社長のその言葉に、俺は頷くことしか出来ない。
「まぁ、君はまだ若いから。うちで学んだことを活かして、頑張ってよ」
この会社で、学ばされたことなんて、一つだけだった。
俺は社会に不適格な、ダメな人間。
それだけだ。

大学新卒でこの会社に入ったのは3年前。
地場ゼネコンで、大手デベロッパーのマンションを主に請け負う会社だ。
半年の現場研修の後、配属されたのは渉外課。
施主・役所との折衝を担当する部署だったが、メインの業務はそこじゃ無い。
近隣住民への説明会、引っ切り無しにやってくるクレーム処理。
明らかにこちらに非がある事項でも、如何に相手に責任を押し付けるか。
考えれば考えるほど、吐き気がする仕事だった。

俺が弱いのか、ここに残っている人たちが屈強なのかは分からない。
1年前くらいから、精神的に異常を来たす様になってきた。
恐怖、不安、絶望、ありとあらゆるマイナスの感情に、毎日襲われる。
降って湧いて来る衝動から、自傷行為に走るようにもなった。
洗面器に滴っていく血を見て、妙に興奮したこともあった。
目に見えて体重が落ちても、会社でそれを話題にされることは無く
却って、あいつは精神的に弱いダメな奴、そんな烙印を押された。

病院の診断書が役に立たないことも、分かっていた。
薬は気休めにもならなかった。
このままじゃ、俺は終わる。
そう思って、会社を辞めた。


「たかだか3年で退社するなんて、どうかしてるんじゃないのか」
会社を辞める少し前、帰省した折に顔を合わせた父親は、そう吐き捨てた。
「鬱だか何だか知らないが、仕事なんて、苦労が付き物だ」
地元の銀行に勤め、もうじき定年の父。
家族に言えないような苦労もしただろうと言うことは、想像できる。
だからこそ、俺は何の反論も出来なかった。

「帰ってきても良いのよ?」
そんな母親の言葉に、父は俺を睨みつけ、言った。
「ダメだ。逃げ帰ってくるような真似は、許さないからな」
今更実家に戻りたいなんて、思ってはいなかった。
ただ、最後の砦にすら縋れない状況に、生きる気力が殺がれる気がした。

「そう言えば、義隆くん、覚えてる?」
機嫌の悪い父が去った食卓で、母がそう尋ねて来た。
「ああ・・・中学の時に引っ越してった・・・東、義隆?」
子供の頃に隣の家に住んでいた、幼馴染。
同じ歳で、保育所・小学校・中学校と同じだったこともあり、家族ぐるみの仲だったが
中学2年の時、両親が離婚することになり、引っ越してしまった。
それ以来、音信は途絶えたままだ。

「この間、お母さんに偶然会ってね」
「近くに住んでるの?」
「ううん、用事があってこの辺りに来たそうなんだけど」
彼と共に隣県に引っ越した母親は、その後再婚をしたのだそうだ。
青野、と苗字を変えた彼も、同じ街に住んでいるらしい。
「義隆くんは役場に勤めてるんだって」
「・・・そう」
母はやおら立ち上がり、財布の中から何かの紙を取り出す。
「懐かしいだろうと思ってね、連絡先、聞いておいたわよ」
書かれていたのは、携帯の番号。
うっすら顔を思い浮かべるくらいしか出来ない俺は、しばらくその紙を見ていた。
「成久、楽しいことを楽しいと思うのは、悪いことじゃないのよ?」
切なげな微笑みを見せる母の顔を見て、思わず目を逸らす。
何もかもが暗転する、そんな気持ちに支配されていた俺は
その一言に心から癒されるような気がして、言葉が出なかった。


結局、旧友に連絡を取ろうという決心がついたのは
東京に戻り、地獄のような毎日を過ごし、手を赤く染めることに全く抵抗を感じなくなった頃だった。
自分を否定される恐怖が、麻痺してしまっていたのかも知れない。
何を言われても構わない、そんな気分で携帯電話を手にした。

「・・・もしもし?」
電話に出たのは、昔の印象を残した声だった。
「あ・・・宮坂と申しますが」
「ああ・・・成久?」
「そう。この間、親が番号聞いたって言うんで」
「みたいだね。それにしても、久しぶりだなぁ」

電波を通して続く、昔語り。
初めはぎこちなかったものの、段々とあの頃の饒舌さを取り戻す。
耳が痛くなるほど携帯電話で話をしたのは、いつ以来だろう。
結局、最後まで、俺の今を語ることは出来なかったけれど
楽しいことを素直に楽しいと思えたのは、俺には大きな前進だった。

□ 25_萌芽 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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