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萌芽(5/7)

慣れない動きをしているからなのか、既に腰が痛い。
8時前に出勤する義隆を見送った後、俺はある仕事に取り掛かった。
家の裏手にある、小さな畑の草取りと水やりと収穫。
夏を前に、盛りを迎えた今。
小さいとは言え、今までこんな風に土に触れる機会は無かったから
土に足を取られ、トマトの蔓に服を引っ掛けながらの、四苦八苦の作業になった。

逆さまにしたバケツに腰をかける。
少し高台になった場所にある家からは、見慣れない街並みが一望できた。
先のことは考えるな、義隆はそう言うけれど、不安は尽きない。
ずっと、幼馴染に頼りきって生活をして行く訳にもいかない。
この街で仕事を探すか、また東京へ戻るか。
高くなってきた太陽に照らされながら、緊張感で、少し背筋が寒くなる思いだった。

時計を見ると、もう10時を過ぎている。
後は、掃除して、洗濯して。
頼まれてはいないけれど、何もしないのも居心地が悪い。
仕事を増やすことで、余計なことを考えなくて済む。
そう思いながら、重く、痛い腰を上げる。


料理が得意な訳じゃ無いが、作れない訳でもない。
「食欲、出てきたんじゃない?」
切っただけのトマトを口に放り込みながら、義隆が尋ねてくる。
「そうかな」
「ちゃんと、食えてるじゃん」
確かに、ここに来てから拒食の兆候は目に見えて減った。
「自分で好きなもん作ってるからかな」
「うん、それで良いよ」
「でも・・・何か食べたいもん無いの?」
「ああ、オレ雑食だから。何でもOK」
「作り甲斐が無い奴」
こうやって笑いながら飯を食うなんて、いつ以来なんだろう。
この状況が、精神的にも肉体的にも、癒しを与えてくれてるのかも知れない。

「嫁いらずだな、こりゃ」
愉快そうに笑う幼馴染に、一つの質問をしてみる。
「お前、結婚とか、どうすんの?」
一瞬驚いたような表情を見せた後、彼は笑い声を上げる。
「全然、考えて無いよ」
「でも、そう言う歳だろ?」
「見合いの話は上司から来るけどね」
田舎ならではのプレッシャー、そんなものもあるんじゃないかと、つい邪推してしまう。
不思議な顔をする俺を見て、彼は言った。
「ま、成久の後で良いや、オレは」
俺にそんな気配が無いことくらい、分かりきっているはずなのに。
妙に安心する一方で、義隆がいなくなったら俺はどうなるんだろう、そんな自分勝手な懸念が浮かぶ。
自分の為にも、彼の為にも、将来のことを早く決めなきゃならない。


全国的に不況の中、再就職は簡単じゃない。
特に地方都市のここじゃ、その厳しさは半端じゃなかった。
前歴がゼネコンだったこともあり、ハローワークの職員はその方面の求人を探してくれたが
何処も現業ばかりで、現場に出たことの無い俺には不利なものだった。
まだ若いから焦らないで、そんなことを事務的に言われ、余計焦燥感が募る。

家への坂道を登る途中、玄関に人影が見えた。
玄関の前にしばらく立ち尽くし、不在を憂えているようだった。
「あの・・・」
振り向いた女性の顔の面影を、覚えていた。
「・・・成久くん?久しぶりね」
彼は母親似なんだろう、思わずそう感じるような柔和な笑顔。
「お久しぶりです」

今日は平日。
義隆が不在であることは、知っていたはずだ。
彼女の目的が俺であったことは、間違いなかった。
「あの・・・今日は」
一人暮らしの息子の家に、無職の男が転がり込むなんて状況に納得してるとは思えない。
麦茶を出す手が、僅かに震えた。
いただきます、そう言ってお茶を一口飲んだ後、彼女は言う。
「ちょっと、様子を見に来てみたの」
「そう、ですか」
「調子は、どう?」
「おかげさまで、だいぶ・・・」
この人は、俺のことを何処まで知っているんだろう。
真綿で首を絞められるような息苦しさが、全身を包む。

「あの子は、変わらずにしてる?」
「ええ、元気にしてますよ」
「そう、良かったわ。・・・本当に、ありがとうね」
「え?」
笑顔の奥の目が、ふと寂しげに曇る。
「娘のことがあってから、あの子、ちょっと不安定なところが・・・あるの」
娘?義隆に妹がいるなんて、聞いたことが無い。
「私たちのことは、あまり受け容れてくれないから。あなたが側にいてくれて、安心だわ」

家族のことは、お互い、あまり話題にはしない。
義隆に至っては、両親が再婚した後の話は全く聞いたことが無かった。
俺の知らない、彼の過去。
そのままに、しておくべきだった。

□ 25_萌芽 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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