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想望(4/5)

季節は確実に巡っていて、都内と言えども夜中の風は冷たくなって来た。
空が白む時間も徐々に遅くなり、心地良かった晩夏の夜とは様相が変わって来ている。

思いの外、作業が捗った早朝。
帰り際、通りかかった団地の小さな公園に浮かぶ人影が目に入った。
散歩には、まだ暗すぎる。
酔っ払いが寝ているだけか。
怪訝に思いながら歩いていると、不意に声を掛けられる。
「君塚さん」

スーツ姿の彼は、困ったような笑顔で俺の前に立つ。
「・・・どうしたんですか?」
「それは、こっちのセリフですよ。最近、いらっしゃらないから」
「それだけで、わざわざ・・・?」
同じチラシは一戸一枚、当然ポスティングのルートは毎日変わる。
ここを通ったのも、一週間以上ぶりだ。
「顔を合わせた方が、伝わると思ったんで。・・・でも」
暗がりの中の顔に、切なげな影が被る。
「あの教室、閉鎖することになったんです」


人気の無い朝のファミレスで、バイトまでの短い時間、彼の話に耳を傾ける。
自身も大学を中退し、何年かフリーター生活を送っていたこと。
唯一得意だったパソコンの技量を活かし、バイトから正社員、室長まで行き着いたこと。
「なまじっか、大学まで行ったのが良くなかったんでしょうね。焦燥感が半端じゃ無かった」
「でも、今は・・・」
「結果的には良かったんでしょうけど。・・・それもあって、君塚さんのことがどうしても気になって」
「同じ、状況だったから?」
「もがきたくても、もがき方が分からずに沈むだけだった自分を、見ているようで」
俯き加減で溜め息をつく彼の顔に、笑みは無かった。
「何とか、手助けしたいと、思っていたのに」
助けを求めて伸ばした手を取ってくれる存在を期待することは、随分前に諦めていた。
誰かが手を伸ばしてくれるなんて、期待するのも怖かった。
こんな形で助け船を出してくれる存在が現れるなんて、思ってもいなかった。

「他の、場所に移るんですか?」
「まだ分かりません。業績不振の責任は取らなければならないので・・・しばらくは本社で雑用ですかね」
「それは、俺の・・・」
「違います。そうじゃない。・・・僕はきっと、接客業には向いてないんです」
愛想が無い、俺が持つ彼への印象とは正反対の言葉の理由。
「僕、女性が、どうしても苦手で・・・」

本来のパソコン教室での授業は、テキストに沿って教えて行くのが原則。
あまりに忠実に教えていた姿勢が、却って事務的に取られ、クレームに繋がったんだろうと言う。
「突然世間話を振られても、思ったように返せなくて。愛想笑いも硬かったのかな」
「でも、本来は、そう言う場所じゃ・・・」
「中には、話し相手が欲しい、そんな理由で来られる方も少なくないですからね」
人当たりの良さそうな風貌、30歳前後とは思えない若々しい雰囲気。
第一印象は、決して悪くない。
そのギャップが、彼の評判を下げてしまうんだろうか。

帰り際、彼は自身の名刺に携帯電話の番号を書き、手渡してくれた。
「何かあれば、力にならせて下さい。直接教えることは・・・もう、無いと思いますけど」
遣り切れない笑みを湛え、彼は俺と逆の方向へ歩いて行く。
折角手を引いてくれた機会を無駄にしたら、本当に俺は、立ち直れないのかも知れない。
机の上に放り出したままにしているテキストを思い浮かべながら、そう考えていた。


「有斗、ちょっといい?」
珍しく母が声を掛けて来た、日曜日のバイト帰り。
幾分深刻な表情を見せる雰囲気に、気持ちが身構えた。
「・・・何?」
キッチンカウンターに寄りかかる俺に、彼女は暖かいコーヒーを出してくれる。
こんな風に、顔を突き合わせて話をするのはいつ以来だろう。
ぎこちない空気を、カップから立つ湯気が少しだけ緩ませてくれた。

「バイト、いつまで続けるの?」
「いつまで、って」
「実はね、さっき伊勢崎の方から電話があって・・・」
伊勢崎、と言うのは母の実家がある街。
古い地主である祖父母は、何軒かの不動産を持ちながら悠々自適な暮らしを送っている。
頻繁に赴くことは無かったけれど、惨めな自分の姿を見られたくなくて、ここ数年は顔を合わせていない。
その祖父が、10年程前に趣味で酒屋を開業した。
全国の珍しい酒を取り寄せて並べる一方で、行きつけの飲み屋に酒を卸したりしていたらしい。

「お爺ちゃんが、バイクで転んで怪我したって言うのよ」
「で?」
「で、手伝いに来てくれないかって」
母を長女とする三姉妹は、既に実家を離れて嫁いでしまった。
男手が無い中で、祖母だけでは店を回せないと言う。
「アルバイトとか、雇ったら良いんじゃないの?」
「今更知らない人間を使うのは、嫌なんだって」
「俺だって、そんなに・・・」
「孫じゃない」
「そうだけど」

働き手が欲しい祖父母、厄介払いをしたい両親、時間を持て余している俺。
二者の思惑に引き摺られる方が丸く収まる、俺にでも、それくらいのことは分かっていた。

□ 59_想望 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

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実在人物!?

息子が家に居なくて良いなと思う事は、喧嘩しない事。たまにしか会えないのが家庭の平和(笑)。
ペラペラ喋る娘と違って、息子というのは、煙たいような、何を考えているのか良く解らない存在ですね…。
君塚と塩澤。二人とも実在人物かと思える程、存在感があります。モデルでもいるんでしょうか?全くの想像だけで創作された人物だとしたら、凄い技量ですね。

散りばめられた欠片。

一人称の小説でも、私小説では無い。
矛盾しているようですが、文章を書く際、選んだ手法はこれでした。
とは言え、人物描写をする時に、想像だけでは機微が上手く出ない為
何処かしらに実在の人物の要素を入れることがあります。
もちろん、それは最も "身近" な人物も含まれている訳で
全ての話に散りばめられた欠片を組み合わせれば
些か私小説に近づくのかも知れません。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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