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想望(5/5)

変わりたい、そんな悠長なことは言ってられないと気が付いたのは、手伝いを始めた初日だった。
"誰か" を相手に働く、と言う経験が無かった俺には、接客や御用聞きもままならない。
久しぶりに乗る原付バイクも、アクセルの入れ方を思い出すのに精いっぱい。
酒の扱いや冷蔵庫の管理と言った、祖父の頭の中で組み立てられてきた経験則も
一から覚えて行かなければならない。
車椅子に乗る祖父の厳しい指導を浴びながら、単なる手伝いの範疇を超えている、そう感じていた。

慌ただしい一日が過ぎた夜。
店内の事務机の上に、一台のノートパソコンが乗っているのに気が付いた。
「ばあちゃん、これ、使ってるの?」
店仕舞いをする祖母に聞くと、笑いながら首を横に振る。
「おじいちゃんが、常連さんのよしみでって買ったのよ。使いもしないのに、もったいないわよね」
電源を入れると、見慣れた画面が浮かび上がる。
「借りても、良い?」
「良いわよ、好きに使ってちょうだい」
パソコンの脇には、帳簿と俺が取って来た注文のメモ。
慣れた様子でそれを書き留めて行く祖母の横で、同じ内容をパソコン上の表に写していく。
一日分の数値はホンの少し、けれど、これが一週間、一ヶ月になれば、記録として形になるはず。
興味がある範囲で使う、そんな彼の言葉がやっと心から理解できた気がした。

読み込んで膨れ上がったテキストを繰りながら、どんなことに応用できるのか考える。
それが、夜寝る前の習慣になって来た。
時折、栞代わりに挟んでいる一枚の名刺を眺める。
書き記してくれた番号に電話をかけることは、結局、無かったけれど
空っぽだった俺の中に、何か出来ること、の土台を作ってくれたことを、本当に感謝している。
もう、会うことも無いんだろう。
頭の中に浮かぶ彼の笑顔と共に、名刺を挟み直した。


店の定休日は日曜日だけ。
遮二無二働いた疲れは、その日の朝からどっとやって来る。
「若いんだから、もっとしっかりしろ」
祖母が作ってくれる朝食を寝ぼけ眼で口に運ぶ俺に、祖父がぼやく。
「じいちゃんこそ、早く足、治してよ」
「有斗がいれば、オレはこのままでも良さそうだからな」
「勘弁してよ。俺だって・・・」
いつまでもここにいられる訳じゃない、ことなんか、無い。
東京に戻ったって、前と同じ、地を這うような生活が待っているだけ。
なら、いっそのこと、ここで手伝いを続けても良いのかも知れない。
「ごちそうさま」
言葉を濁すように、そう言いながら席を立った。

パソコンに向かっていると、時折やって来るFAX。
口コミで広がった評判を聞きつけ、たまに物好きな客が酒を注文してくる。
数枚貯まった紙を取り上げ、注文台帳に挟み込む。
こう言うのを、メールで出来れば便利なのかも知れない。
試しにブラウザを立ち上げてみると、インターネットにも繋がっているようだった。
ホームページなんか作ってみるのは、どうだろう。
きっかけがあれば、方策を手繰り寄せる意欲も湧いてくる。
今までになかった、行く先への期待。
俺はまだ、こんな気持ちになれるんだ。


御用聞きのついでに買い物を頼まれた夕方。
小さな商店街の入り口で、見覚えのある赤いジャンパー姿が目に入った。
通り過ぎた先で原付を停め、振り返る。
まばらな通行人に何かを配っているのは中肉中背の男。
その背に掲げてあるのは、あのパソコン教室のロゴ。
知らず知らずの内に、緊張感が身体を包んでいく。
こんな偶然、ある訳無い。
そう思いながら、彼に近づいた。

俺はその時、どんな顔をしたんだろう。
チラシを手渡してくれたのは、俺と同年代の若い男だった。
「今度、新しく出来るパソコン教室なんです。無料体験もやってるんで」
ぎこちなく笑う彼は、そう言って俺に紙を手渡して来る。
手に取った紙には、あの時貰ったものと同じ内容の文言が並ぶ。
眺めていたのは短い時間だったと思うけれど、色々なことが頭を巡った。

「お待ちしてます」
不意に背後から掛けられた、聞き覚えのある声。
振り向くと、記憶の中と変わらない笑顔の彼が立っていた。
「あ・・・」
瞬間目を細めた彼は、後輩らしき青年に声を掛ける。
「後は僕がやるから、戻ってて良いよ」


初めて群馬に進出する足掛かりとなる店舗を任されることになったのは
奇しくも、俺がこっちに来た時期と同じ頃だったそうだ。
伊勢崎の駅近くに出来る店舗だけあって、以前の教室より遥かに規模が大きいとのこと。
「いつも思うんです」
ウチの店のお客さんでもある小さな居酒屋で、彼はネクタイを緩めながら話を続ける。
「内容を理解したお客様にとっては、僕は、もう用無しなんだなって」
寂しげな視線が、半分ほど残っている日本酒のグラスを滑る。
俺の方へ向き直った彼は、言葉を選んでいるのか、口を開きかけて、また閉じる。
しばらく続いたギクシャクした雰囲気を、彼の溜め息が壊した。
「もう一人で立てるのに、助けを求めて欲しいと思ってた僕が、身勝手過ぎましたね」

何度電話をかけようとしたか、分からない。
目まぐるしく変わって行く日常に流され、きっかけを失ってしまっただけだった。
「・・・待たせてばっかりで、すみませんでした」
「良いんです。僕が待ちたいから、待ってた。・・・いつまでも、待つつもりだった」
切なげに笑う彼に、もう一度、手を引いて欲しい。
それは、明日に、希望があるから。


相変わらずテキストとにらめっこの自習の日々。
たまの休みには、小さなノートパソコンを二人で眺めながら広大な世界への入り口を組み立てる。
「バイト代、払わないとね」
「じゃ、日本酒でも貰おうかな」
「良いよ、好きなの持ってって。俺が立て替えるから」
「ホント?教え甲斐があるなぁ」
「案外、ゲンキンだね・・・」

少し歳の離れた友達。
関係が変わっても、彼は歩みの遅い俺のことを、振り向いて待っていてくれる。
いつまでも必要な存在として、一緒に歩いて行ければ、そう思う。

□ 59_想望 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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素顔は見せない

京都の「一見さん、お断り」というのは、観光客相手だけじゃないんですよね。昔から都に住む人々の生活の知恵で、お互いにあんまり深入りしないで生活するって事だから。

同窓会で再会してから良く一緒に食事に行く友達は小学校からの知り合いだから、肩肘張らなくて楽だけど、家族じゃないから、「親しき仲にも礼儀あり」。
そして、家族の中でも、自分と血が繋がっていない「他人」である「配偶者」の夫には、やっぱり、「親しき仲にも礼儀あり」なんですよね。
夫よりも、まべちがわさんの方が、よっぽど本当の私を知っている(笑)。

特別な一面。

会社での自分、友達との自分、家族との自分、ネット上での自分。
どれも、少しずつ何かを装っています。
特にこのblogでの自分は、決して他の場面では見せることの無いもの。
こんな面もあるんだと、改めて気が付かされることも少なくありません。

感涙

読み終わった時「こんな事あるわけないじゃん」と思わずつぶやいていました。同時に、みんなが幸せになってよかったと思って泣いてしまいました。複雑です。出会いもまだ、恋愛もまだ、なにもかもまだな人間にとって、人生は不安で暗いものでしかないです。だけど、このお話を読んで泣けるから、まだ諦めてないんだと思いました。まべちがわさんのお話には、リアルな絶望と夢のような救いがあって好きです。

最後には希望を。

希望も絶望も、人それぞれある中で
どんな言葉がその人に嵌るのかも、またそれぞれです。

過去、人生の全てが無駄だったと思うようなドロップアウトを経験しました。
何とかかんとか這い上がっては来ましたが
あの時の絶望感は、未だに心に沁みついています。
だから、例えそれが絵空事でも、創作の中くらいでは希望で終わりたいと
願わくば、誰かの心に引っかかることを祈りながら
出来るだけ明るい終わり方を心がけるようにしています。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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