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想望(2/5)

このままで良いだなんて、思ってはいない。
それなのに、変わらなきゃと言う気概はなかなか生まれて来ない。
実家住まいで、両親も健在で、周りの目さえ気にしなきゃ野垂れ死ぬことも無い。
両親が死んだら、そんな杞憂に苛まれる前までには、せめて自ら命を絶てば良い。
砂を噛むような毎日の中で、くだらない人生計画を立てては、自分を納得させていた。

夜間工事のバイトが無かった夜。
ポスティング用のチラシを抱えたタイミングで、一枚の紙が床に落ちた。
クシャクシャになったそれを、丁寧に開く。
決して上品とは言えない色で飾られたチラシには、興味を引く言葉が並んでいた。
その隅に書かれている『無料体験実施中』の文字。
ふと、早朝すれ違った時の彼の顔が浮かぶ。
待ってると言う一言が営業トークであることは分かり切っているのに、縋ってしまいそうな自分がいる。
甘ったれた考えの中から、抜け出すきっかけが欲しかったのかも知れない。


夕方4時過ぎのスーパーは、夕食の準備を急ぐ買い物客で混雑している。
エスカレーターでフロアを上がって行く毎に、その人影はまばらになり
最上階である5階は、店内のBGMが流れるだけの空間になっていた。

小さな入口の前に差し掛かると、正面にはカウンターと、そこに暇そうに座る女の姿が見えた。
俺の姿を認めた彼女は表情を一変させて立ち上がり、入口へと歩いてくる。
「見学の方ですか?」
顔からは想像も出来ないような甲高い声に、少しだけ身体が強張った。
「え、ええ・・・チラシを、見て」
「どうぞどうぞ。今、係の者を呼んで来るんで、こちらでお待ち下さい」
そう言って、彼女は窓際の小さな接客スペースに俺を促す。
ちょうど人の途切れる時間帯なのか、7、8台ほどあるパソコンの前に人はいなかった。

カウンターの奥から出て来た男は、俺の顔を見るなり目を細め、にこやかな表情を作る。
「すみません、お待たせしました」
何やら資料を抱えたスーツ姿の彼は、向かいの椅子に腰を掛けた。
首から下げているIDには、塩澤と言う苗字と、室長と言う役職。
「来て頂けて、良かったです」
ファイルの中から紙を取り出しながら、彼はそう呟く。
「・・・え?」
「こういう所って、本当に興味がある人しか来ませんから」
「そう、でしょうね」
「立ち止まってまでチラシ受け取って貰ったんで、ちょっとは興味があるのかなって思ってたんです」
俺が歩みを止めたのは、見知った顔だったから。
それ以上の感情を、無意識に顔に出していたのだろうか。

目の前に出された用紙に、名前と連絡先を書き込んで行く。
「君塚さんは・・・パソコンのご経験は如何ですか?」
俺の字を目で追いながら、彼はそう問いかける。
「殆ど・・・ネットとか、メールくらいで」
「そうですか。今回は、どんなことがやりたいとか、イメージはあります?」
誰にでも出来る仕事にありつく為、それだけが目的なのに
この期に及んで、普段は塞ぎ込んでいる見栄が顔を出す。
真っ直ぐに向けられた彼の視線を避けるように、目線を落とした。

小さく息を吐く音の後、彼は何かを書き込みながら尋ねる。
「お仕事のスキルアップ、って感じですかね」
気を遣ってくれたのだろう。
彼の声に、思わず顔を上げる。
「そう言う方、多くいらっしゃるんですよ」
変わらない微笑を湛えたままの男に、俺は頷くことしか出来なかった。


画面に映し出される無数の格子。
正直、それが何に使われるものなのか、イマイチよく分からない。
「これは、表を作って計算したり、集計したりする為のソフトなんです」
隣に立つ彼は、薄い冊子をテーブルに置いて説明を始める。
「お店で言うと、売り上げや在庫を管理する時に使われたりしますね」
格子の中に並んで行く、適当な日付と数字。
あるボタンをクリックすると、数字の合計が一瞬で弾き出される。
「一週間で商品がこれだけ売れた、と分かる訳です」

自分の日常からかけ離れているせいなのか、あまり感慨は生まれない。
未だ不可思議な顔をしていたであろう俺に、彼は一つの提案をする。
「例えば、このチラシ、1枚配って3円の利益、とした時に」
俺が持って来たしわくちゃのチラシを手に取り、彼は続ける。
「今日は300枚配ったから、900円、になりますよね」
再び入力されていく日付と、チラシの枚数。
「でも、一週間、毎日同じペースで配れるとは限らない。明日は150枚しか配れないかも知れない」
「・・・雨が降ったら、配れないかも」
「そう。途中で喉が乾いたら何か買うかも知れないし、遠ければ電車やバスを使う」
様々な数値が並んで行く画面に、表らしき輪郭が見えて来る。
「結局、その日一日の収支はどうなっているのか、それが1か月続いたら?」
急に現実味を帯びる、数字の羅列。
「・・・便利、かも」
「そうでしょう?」
マウスを握る俺の手に自らの手を添え、彼は画面上を滑らせる。
「使う目的は、何でも良いんです。とにかく、自分の興味がある範囲で使って覚える」
「興味?」
「だって・・・」
冊子に書いてある、例題のテストの点数表を指差し、彼は笑う。
「他人のテストの点数なんて、興味無いじゃないですか」

□ 59_想望 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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目線の違い

明けましておめでとうございます。
近頃は元旦から営業する店もあり、初詣の帰りに、書店で某男性用ヘア&ファッション誌を読者モデル狙いで購入して、娘と2人で品定めしていた処、「この雑誌は見た事が無い。」と、息子が意外な食い付き(笑)。まず、息子は出版社をチェックした後、誌面をガン見(笑)。そして…。誌面に登場するショップ名・読者モデルやスナップ写真の人達・広告などから、その雑誌のターゲット層を細かく分析してみせました!業界人みたい(笑)。
私が贔屓する男性芸能人は冷たく批評する息子なので、その雑誌で私が一番気に入った読者モデルのM君を見たら、さぞかしボロクソに批評すると思ったのに、名指しした写真をガン見した後、まさかのスルー。…気に入ったんですかね(笑)。息子の好きな某ビジュアルバンドのh○deさんにちょっと雰囲気が似てたかも(笑)。ハーフっぽい処が…。h○deさんは、クォーターだそうですが。
女性が男性を憧れて見るのとは違った、猛禽類が食い付くみたいな鋭い目付きを目の当たりにして、正直、仰天しました!若い男性が同性を値踏みする時って、こんなに怖いんですかね!?

イイ男の価値。

あけましておめでとうございます。
今年も何卒宜しくお願い致します。
早いもので今年も5日が過ぎ、すっかり正月気分も抜けました。
とは言え、また3連休が来るので、仕事のしんどさが倍増です。

同性が同性を見る眼は、やっぱり対異性とは違うのだと思います。
自分にあって相手に無いもの、相手にあって自分に欠けているもの。
ちょっとした対抗心みたいなものは、何かしら感じるのではないでしょうか。
特に、いい男・いい女とされる相手にとっては
その価値が何処にあるのか知りたくなってしまうのかも知れません。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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