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信頼(5/5)

こんなことなら、普段から部屋を片付けておくんだった。
足の踏み場が無いほどではないけれど、お世辞にも綺麗とは言えない状態だ。
適当にそこら辺のものを避けて、何とか座る場所を確保する。
「こんなところで、申し訳ないんですけど」
「ほんと、お構いなく」
宮本さんは俺のPCデスクの椅子に座り、俺はベッドに腰掛ける。
「上着、掛けますよ」
そう言って、スーツの上着を受け取った。
ホッとしたような表情を見せ、彼はネクタイを緩める。

「その傷」
つい、言葉が出てしまった。
宮本さんの首筋には、何かに噛まれたような傷がはっきりとついていた。
首を押さえ、うろたえた表情を見せる。
「何か、話したいことがあるんですよね」
彼を苦しめているものは何なのか、どうしたら救えるのか。

俺は、宮本さんを見つめ、その時を待つ。
しばらくすると、観念したかのように、彼は話し始めた。

彼が今の部署に転属されたのは、1年半ほど前のこと。
程なくして始まったのが、上司からのパワハラ。
初めは言葉で威圧するようなものだったらしいが、やがてそれはエスカレートし
半年ほどすると、性的行為を強要されるようになった。
恐怖で精神的に押さえつけられ、強姦されることで肉体的に傷つけられる日々。
それでも、上司と部下、男同士と言う関係から、職場では訴えることが出来なかった。
「身体は反応するようになってしまったんです。でも・・・」
頭痛や吐き気、精神の病は如実に体に現れた。
それでも、逃げられないと言う。

話を聞いていると、こっちまで身体が痛くなってくる。
申請の日、物陰で聞いた一部始終が思い出された。
俺の携帯番号を受け取った時、心底嬉しかったと言う。
でも、申請が終わるまで、連絡してはマズいと思っていたのだそうだ。

「休職するとか、出来ないんですか」
「しばらく休んでも、いずれ戻らなければならないと思うと、なかなか」
「転職とか」
どうなんですか、と言いかけて、止める。
公務員だもんな、そうそう民間に転職なんて考えないだろう。
宮本さんは何かを考えるように、床を見つめる。
「可能なら・・・今すぐにでも・・・逃げたい」
そう言って、俯いてしまった。
あまりにも、切実な言葉だった。

「俺は、何か出来ませんか」
「こうして、話を聞いていただけで、十分です」
そう言って、淋しげな笑顔を俺に向けた。
「誰にも言えなかったんです。いっそのこと・・・」
唇をかみ締め、目を細める。
今にも泣き出しそうな表情を見て、いたたまれなくなる。
そんなに今の仕事が大切なのか?自分の心より?命より?

俺はベッドから立ち上がり、小さく震える背中を、後ろから抱き締めた。
鼓動が早まり、身体がこわばるのを感じながら、じっと、落ち着くのを待つ。
胸の前で組んだ手に、水滴が落ちるのを感じた。
「逃げましょう、俺と」
彼は、何も言わずに首を振る。
「必ず、守ります」
それだけは、どうしても約束したかった。
「無関係なあなたを、巻き込むことは、出来ません」
「巻き込んでくださいよ」
崩れ落ちてしまいそうな心を支えるように、腕に力を込める。
「人に迷惑掛けまいとして、自分を傷つけるのは、もう止めて下さい」
宮本さんは、下を向いて嗚咽を漏らす。
俺は黙って、抱き締め続けた。

「本当に、ありがとうございます。でも・・・」
俺の腕に手を添えて、そう呟く。
儚い感触だった。
手を離したら、二度と戻ってこない、そんな気がした。
肩を抱いて、こちらを向かせる。
宮本さんは、驚いたような目で俺を見ていた。
「俺を、信じて」
そのまま、吸い寄せられるようにキスをする。
微かに震えた唇は、とても冷たかった。


窓の外の空は、白んできていた。
宮本さんを自宅に送る為、家を出る。
車に乗り込み、エンジンを掛ける前、俺は宮本さんの手を握った。
「うちの事務所に来ませんか」
当然、所長には相談していない。
完全な思い付きだった。
真剣な顔で夢見ごこちなことを言う俺を、宮本さんはまっすぐ見つめる。
何も言わなかったけれど、目には、決意が見て取れた。

それから3ヶ月経ち、宮本さんは役所を辞めた。
「僕で、役に立てるのでしょうか」
「初めは誰でも新人ですよ」
何とか所長に掛け合い、中途採用の枠を空けて貰ったのは、ついこの間のこと。
設計業務の経験は無いが、抜群の知識を持っている彼は
きっと事務所でも役に立ってくれるはずだ、そう説得し続けた。
「徐々に、慣れて行けば良いんです。焦る必要ないですよ」
そう言って、彼の手を引く。

まだ彼の中には、恐怖が残っているだろう。
携帯を変え、引っ越しをしても、植えつけられた意識はそうそう変わらない。
けれど、あの時と違って、彼の側には俺がいる。
信頼を寄せてくれるようになった彼に応える為、力を尽くしたい、そう思っている。

□ 07_信頼 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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