Blog TOP


証跡(5/6)

乗降客が消えた駅のホームで、若者は身を屈めていた。
俺が近づいていくと、その顔がこちらを向く。
まるで道に迷ってしまった子供のように、歪んだ表情をしている彼は
やおら立ち上がり、俺に抱きついて来た。

「会いたかったんだ・・・どうしても、会いたかった」
何度もそう言葉を繰り返しながら、身体を震わせる。
「ずっと、待ってたのか?」
コートに顔を埋めながら、彼はゆっくり頷いた。
顔に触れる髪の毛すら、冷たく感じる。
耳を温めるように手を当て、顔を上向かせた。
「俺が、来なかったら・・・どうするつもりだったんだ?」
今にも泣きだしそうな眼が、揺らぐ。
考えないようにしていたのかも知れない。
その顔に、言ってしまったことを後悔した。
「・・・ごめん」
声を絞り出した彼の頬を、涙が伝っていった。


「連れがいるなら、事前に言ってくれよ」
旅館の若旦那である植草は、困ったような笑い声を上げながら部屋に案内してくれる。
「ま、二人なら問題ないと思うけど」
「悪いな、ちょっと急だったんで」
旧友は、僅かな距離を置いて後ろを歩く若者にふと視線を向けた。
「どういう関係なんだ?」
「ちょっと、友達」
「あんなのと?」
「おかしいか?」
「おかしいだろ?隠し子とかじゃないんだろうな?」
「んな訳ねーだろ?」
「・・・ま、良いけど」

窓の外には、一面の太平洋。
傾いた陽が、折り重なる様な暖色のグラデーションを生みだしていた。
「こんな部屋じゃなくて、良いって言ってんのに」
初日の出をいち早く拝みたい、そんな旅行客が多く泊まるこの宿。
海を臨まない、それほど人気の無い部屋で良いと毎年言っているのに、友は必ず特等席を用意する。
「友達だろ?年に一度くらい、良い格好させてくれ」
その理由は、恐らく、彼と彼の奥さんを引き合わせたのが俺だった、と言うことにあるのだろうが
もう20年も前の中学生の頃のことを、彼は義理堅く、今でも感謝しているらしい。

「飯は良いんだよな?」
窓際に設置された炬燵のスイッチを入れながら、植草はそう聞いてくる。
「ああ、実家から貰ってくるから」
「酒とソバくらいは出してやるよ」
「恩に着る」
部屋の隅に佇む若者に一瞬目をやり、ごゆっくり、と言って友は部屋を出て行った。


「入ったら?寒いだろ?」
そう声を掛けると、彼は何も言わずに炬燵に入り、俺を見た。
「何で、実家に泊まんないの?」
当たり前の疑問を、改めて突き付けられる。
いつも聞き役で、自分の身の内を彼に話したことは無かった。
「俺、親父、大っ嫌いなんだよね」

厳しい、と言うよりは、理不尽な父だった。
自分の気に入らないことは決して受け入れない。
子供の頃から、やることなすことに反対されて来た。
当然の如く俺が家業を継ぐものと考えていた父は、大学進学の意思を伝えた時、一笑に付した。
「出来の悪いお前が、大学なんかに行って、何になる?」
結局、高卒で就職し、夜間の大学を出たのは25歳の時。
姉が結婚し、義兄が店を継ぐと言う話が決まるまで、一切、実家には顔を出さなかった。

「そう、なんだ・・・」
神妙な面持ちで話を聞く彼の顔から、夕日の赤みが徐々に消えていく。
年の瀬の静かな雰囲気が、部屋に充満していた。
「もう、今いないとしても、良い思い出で残ってくれてる方が、良い親父なのかもな」
拗れた関係を憂う溜め息が消えていく。
いつもは一人、この部屋で悶々としていた憂鬱な時間が、傍に座る男のせいか少し明るく感じた。

不意に響く携帯の着信音。
相手は、姉だった。
何やってるんだ、何処にいるんだ、そう早口でまくしたて、一方的に電話を切られる。
そう言えば、夕方には顔を出すからと言う約束をしていたことを思い出す。
「ちょっと、実家に行ってくる」
立ち上がる俺に、彼の視線が刺さる。
「すぐ戻るよ。心配しないで良いから」

□ 57_証跡 □
■ 1 ■   ■ 2 ■   ■ 3 ■   ■ 4 ■   ■ 5 ■   ■ 6 ■
>>> 小説一覧 <<<

テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

非公開コメント

若さの特権

その市長さんは、み○なの党のWさんと同じW大学を卒業されています。関西のテレビニュースに映らない日が無い程の話題の人です。
Wさんは、当時の与党の実力者だった父親に似ていますねぇ。私が子供の頃に、議員宿舎の食堂でWさんを見かけた事あります。その時、父親似だと思いました。

さて、物語は新たな展開。ケンゴは思いきった行動をとりましたね。待ち伏せするなんて!階段を二段飛ばしで昇るようなエヌルギーを感じました。若いって素晴らしい!…遠い眼(笑)。

滲むもの。

その市長さんも、W氏も、世間一般から見ればいいオジサンの年齢ですが
政治の世界の中では、まだまだ若手。
だからなのか、勢いゆえの危なかっしさを感じるのが不思議なところです。
若さはその人となりから滲む、概念的な物なのかも知れません。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

*** Link Free ***



>> 避難所@livedoor
Novels List
※★が付く小説はR18となります。

>>更新履歴・小説一覧<<

New Entries
Ranking / Link
FC2 Blog Ranking

にほんブログ村[BL・GL・TL]

駄文同盟

Open Sesame![R18]

B-LOVERs★LINK

SindBad Bookmarks[R18]

GAY ART NAVIGATION[R18]

[Special Thanks]

使える写真ギャラリーSothei

仙臺写眞館

Comments
Search
QR Code
QR