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証跡(6/6)

「遅いじゃない」
不機嫌そうな姉の声に迎えられ、俺は一年ぶりの実家の玄関に立った。
店は年末ギリギリまで開けており、父と義兄が家にいないことは知っている。
「電車が遅れてさ」
「なら、連絡くらいしなさいよ」
なだめるように、彼女の後ろで顔を覗かせる姪に土産の袋を差し出した。
「義之くん、ありがとー」
女の子は満面の笑みで抱えながら、家の奥へと走って行く。
「ひかり、走っちゃダメ!」
「・・・あの呼び方、何とかなんないの?」
「しょうがないわよ。パパの呼び方、真似ちゃうんだもん」

台所では、忙しそうに夕飯の準備をする母の姿があった。
「遅かったのね」
手を休め、彼女はそう言って微笑んだ。
「ああ、ちょっと」
「今日は、泊まって行かないの?」
「今年は・・・友達と来てるから」
「一緒でも構わないのよ。部屋だって、空いてるし」
「・・・気にしないで」
小さく溜め息をついた母は、紙袋に入った小さな折を手渡して来る。
「お友達と一緒なら、もう少し持って行く?」
寂しげな目でそう言う姿が、切なかった。
「いつも多い位だから、丁度良いよ」
一年の最後にこんな気持ちにさせることが申し訳なくて、俺は無理やり笑顔を返す。

母が出してくれたお茶を飲みながら、自分の存在が消えた家の中を眺める。
「家族って、何なんだろう」
つい口を衝いた言葉に、母は少し間を開けて答えた。
「そうね、自分が確かにそこにいる、証明みたいなものかしら」
「証明?」
「お父さんと、お母さんがいるから、千春と義之がいる。千春と彰さんがいるから、ひかりがいる」
脈々と続く、家族の流れ。
母は何かを想像するように、宙を見つめながら続ける。
「決して一人じゃないって言う、証明」
家族の輪から零れ落ちてしまったと思っている俺に、彼女は言い聞かせるような口調で言った。


部屋に戻ると、日はすっかり暮れていた。
夜の闇が空間を染め、窓から入ってくる仄かな月明かりが金色の髪を照らしている。
天板に頭を乗せて窓の外を向く彼は、寝入ってしまっていたのだろうか。
起こさないように、灯りを付けずに近づく。
炬燵の傍に立つタイミングで、声が聞こえた。
「お帰り」
「寝てたか?」
「ううん、外、見てた」
ゆっくりと上半身を起こした彼は、静かに俺を見上げる。
「・・・良かった」
安堵の声が、胸に沁みる。
しゃがみ込み、彼の頭を胸元に抱え込んだ。
深い息が、コートを抜けて肌を温める。
「腹、減っただろ?」
「・・・うん」

繁華街で男に声を掛けられたことが、始まりだったと言う。
金持ち相手に若い男を斡旋するブローカー。
大金と引き換えに、自分の身体を差し出す毎日。
渡された金の殆どは雇い主に抜かれ、手元に残る金は、それほど多くは無いのだと言う。
「こんなの嫌だとか、こんなの違うとか、そんなこと、思わなくなった」
植草が持って来てくれた地元の酒を飲みながら、彼はそう溜め息をついた。
「オレの人生、こんなもんなんだって、思う以外になかったから」
「今は、違うのか?」
俺から外れた視線が、二人が映り込む黒い窓に移る。
「こんなオレ・・・嫌いでしょ?」

彼の頭に手を伸ばし、髪を撫でる。
「嫌われたくない・・・だから、変わりたいって、思ってる」
「別に、嫌ってなんか」
「オレが、どんなことしてるのか知ったら、絶対そんなこと言えない」
窓に映る彼の顔が、苦しげに歪んだ。
傍から見ているだけなんて、もう、出来ない。
「こっち向けよ」
彼の目に映る自分の姿が、上下に揺れる。
炬燵の天板に投げ出された手を握りしめた。
「何があっても、嫌ったりしないから。手、離すな」


目が覚めてすぐに視界に入って来たのは、窓際に佇む若者の姿だった。
微かな衣擦れの音に、彼は振り返る。
明るくなってきた外の陽光が、その表情を暖かなものにしていた。
「もうすぐ、太陽が出るみたい」
言葉通り、窓の外には白く輝く水平線が見えた。
浴衣に袢纏を羽織って尚寒そうにしている彼の身体を、背後から抱きしめる。
「ケンゴ」
「・・・何?」
「もう、一人じゃ、無いから」
海から僅かに太陽が顔を出して来る。
眩しさで細くなった視界に、彼の髪の毛が光を纏って入り込む。
首に回した手に、水滴が落ちた。
「すげー・・・綺麗」
「ああ、そうだな」
耳を重ねるように顔を触れ合わせ、二人で同じ日の出を眺める。
ありがとう、そう小さく呟く声が、迷いを溶かした。


戸籍の父の欄に、名前は無かった。
母の欄には、死亡、の文字。
一枚の紙を真剣に見つめていた彼は、顔を上げて問う。
「本当に、良いの?」
幾分不安を抱えた肩を叩き、窓口へ彼を促す。
一人じゃない証明。
それを得る為に、手にした用紙を差し出した。
「養子縁組、したいんですけど」

□ 57_証跡 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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ファーブルの眼(め)の奥にあるもの

首に回した手に、水滴が落ちた。

本当に上手な文章は、技巧があっても、その技巧を感じさせずにダイレクトに心の琴線に触れますね。文脈の中に、さり気無く混ぜたこの文章は凄いです!

若さを概念的に捉えるあなたの見方が、私には無かったので、大変新鮮に感じました。
十人十色と言うものの、あなたの感性や思考はいつも鮮やかで驚かされますし、興味深いです。
『昆虫/記』の作者ファーブルの眼(め)を持ち合わせたあなたの瞳の奥に、一体何があるのかと覗きこむのは不躾だと承知していながら、考えを廻らしてしまいます。

心を紡ぐもの。

眼の奥に、何があるのか。
自分でも分かりません。
普段から何かを考えるような性質でも無く、特別な人生を歩んできた訳でも無いので
こう言う場で、何らかの言葉として表現することで露見しているだけの気もします。
心の内まで無意識の内に紡いでしまう "言葉" と言うものの威力に驚くばかりです。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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