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証跡(3/6)

場末の料亭で開かれた忘年会。
寂れた広い座敷に、ざっと50名ほどの大所帯がひしめき合っていた。
空調が上手く効いていないのか、寒々しい空気が眠気すら呼び起さない。
下座で大して美味しくも無い料理に手を伸ばしながら、たまに客の元へ酒を注ぎに行く。
人数が多いことが却って、面倒事を減らしてくれているようだった。

上座に座るのは、ゼネコンの取締役であるご老体。
酒宴が好きで、外部役員と言う名目にも関わらず
こう言う場にちょくちょく顔を出すというのは、下請けにも知れ渡っているらしい。
その男の隣には、甲斐甲斐しく世話をする若いスーツ姿の男。
一見すると学生にも見える程の青年は、老人の視線を一身に浴び、奇妙な雰囲気を醸し出していた。

「何だ、あれ?」
温くなったビールを呷り、一つ溜め息をつく同僚に、それとなく聞いてみる。
「ああ、あの爺さん、ああいう趣味なんだってさ」
「ああいう趣味?」
呆れたような表情を作る彼は、嫌悪感を纏わせた声を出す。
「いっつも違う若い男、連れて歩いてんの」
「秘書とか、社員じゃなくて?」
「まさか。若くて可愛い、男が好きなんだってさ」
「マジで・・・気持ち悪」
孫と祖父ほどの歳の差があるであろう二人の男。
その関係を想像するだけで、底冷えが酷くなる気がする。

客の接待にうんざりしていたところにやって来た、好奇の対象。
「あいつらって、もちろん、金貰ってるんだろ?」
「ホントかどうか知んねぇけど、札束で金渡してんのを見たって、内装屋が言ってたぞ」
「何だよ、それ」
「お前なら、やる?」
「やる訳ねーだろ?」
「でも、一晩で100万だぞ?」
「勘弁してくれよ。酌するのだって、仕事だからやってんのに」
各種贈答品、飲み会、ゴルフコンペ・・・とかく下請けが上に金を流す機会は多い。
その金がこんな使われ方をしていると考えると、自分の安月給も相まって無性に腹が立つ。
「あんなのにくれてやる金があるんなら、少しでもこっちに回せってな」
全くだ、そう笑う内に、会は何となく収束の雰囲気を見せて来る。


「思い出した」
帰り際、コートを羽織りながら首藤が呟く。
「何を?」
「お前が、いっつも飯食ってるっていう男」
「何だよ?」
少し眉間に皺を寄せた同僚は、座敷の奥を見やり、答える。
「爺さんの世話してた。ちょっと前の、飲み会で」

彼の視線の先では、若い男が老人に肩を抱かれ、引き寄せられていた。
戸惑いの表情を浮かべる青年は、それでも抵抗することなく、されるがままになっている。
周りの大人たちは、見て見ぬ振りをしながら帰り支度を始めている。
自分に火の粉がかからないように、それが正しい態度だと信じきっているのか。
醜い欲求を一人押し付けられた若者が、少し、不憫に思えてくる。
そして、脳裏に浮かぶ、ケンゴの愁いを帯びた顔。
「俺、ここの担当じゃなくて良かったわ」
わざと聞こえるように言った独り言に、同僚は苦笑いで答えた。


あの時、彼が去って行ったのは、同期の顔を覚えていたからなのだろう。
警戒しているのか、それから彼を見かけることは無くなった。
昼休みギリギリの時間まで待ってみたりもしたけれど、やっぱり、彼は現れなかった。

忘年会ラッシュもひと段落し、今年も残すところ1週間ちょっととなった年末の日。
挨拶回りで大きく昼時を逃した為、店に入ったのはランチタイム終了間近の時間だった。
「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ」
手持無沙汰そうにカウンター席に座る女の子は、そう言いながら立ち上がる。
中を見回しても、客は殆どいない。
奥の広いテーブルにでもと足を進めた後で、先客がいることに気が付いた。

「ここ、良い?」
気まずそうな視線を受け止めながら、4人掛けの席の対角線に座る。
「・・・こんな時間、珍しいね」
「外回りで、飯食ってる暇無かったんだよ」
コートを脱ぎながら、テーブルの上に置かれた彼の膳に目が行く。
すっかり綺麗になった皿から、今日のメニューを察する事は出来なかった。
見下ろす視線を、見上げる眼差しが揺らがせる。
「見てる内に、何となく、コツが分かって来たって言うか・・・」
バツが悪そうな顔で、彼はそう言う。
「成長したじゃん」
「ガキ扱いかよ」
「俺から見れば、十分ガキなの」

どうやら今日の日替わりは、カレイの煮つけだったらしい。
減り過ぎた腹が逆に食欲を削っているのか、あまり箸が進まない。
休み休み口に運んでいると、心配そうな声が聞こえてきた。
「調子、悪いの?」
「いや、そう言う訳じゃ無いけど」
顔を上げた先にあった彼の面持ちに、改めて幼さを感じる。
あれが、お前の仕事なのか?
何で、あんなことやってるんだ?
向けられた素直すぎる表情に、つい、溜め息が出た。

□ 57_証跡 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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