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証跡(2/6)

昼休みのスタートが遅かった分、会社に戻るのも遅くて良い。
客もまばらになった店内で、俺は狭いテーブルに彼と向かい合わせに座っていた。

正確に言えば、その父は、二人目の父だと言う。
高校を中退し、同じ年の彼氏の子供を産んだ母。
当然と言うべきなのか、彼女はシングルマザーとなり、彼を育てて来た。
程なく再婚したのが、パート先のスーパーで出会った男。
小学生になるかならないかの彼にとって、初めての父と言う存在は大きな衝撃になったのだろう。
良くも悪くも、彼はその男から様々な影響を受け、徐々に惹かれていく。

「でも、おふくろは、あの人に飽きたんだろうな」
再婚して2、3年も経つと、両親の仲が冷えて来ていることを子供ながらに感じるようになる。
「ある夜、どっかに出てって、それっきり」
自分が飽きた男に懐いた子供に、未練は無かったのだろうか。
未だに、母からの連絡は無いと言う。

彼が中学校に上がる頃、結局家族の輪は切れる。
妻の実家に血の繋がりの無い子供を預け、父はその元から離れて行った。
愛が足りなかった、そう結論付けるのは性急なのかも知れないけれど
彼は、誰からも必要とされない苦しみを一人抱え、歪んで行く。
「オレ、戸籍のこととか、よく分かんないけど」
女の子が注いでくれたお茶を飲みながら、彼は薄く笑う。
「どうなってんだろ、オレ、ちゃんとこの世に存在してんのかなって思うと・・・怖い」


彼があんな話を俺にしたのは、恐らく、俺に父の姿を重ね合わせているからなのだろう。
想像するなり、不思議な気分になる。
別にそれは不快な感情ではないまでも、少し重い感じがして、戸惑いがあることも確かだった。
それでも、昼時、彼と卓を共にすることが多くなるにつれ
たわいも無い若者の戯言を聞いている時間が、迷いを和らげてくれるような、そんな気がしていた。


北風に雪のようなものがちらつき始めた冬の日。
ダウンジャケットを脱いだ下に現れた服装は、珍しいものだった。
「・・・何?」
乱れたスーツ姿の彼は、ネクタイを外しながら尋ねる。
「いや、珍しいなと思って」
「ちょっと・・・就職活動」
お世辞にも着こなしているとは言えないスーツ、しかも髪の毛は金色のまま。
どう頑張っても、そこら辺のホストかポン引きにしか見えない。
「俺が人事なら、そんな格好で来た奴は門前払いだぞ?」
「そん時は、ちゃんと着るし」
いつものように携帯で間を持たせながら、彼はそう言って俺を見た。

そういや、こいつの金の出どころは何処なんだろう。
やって来た定食に箸を付けながら、そんなことを考える。
就活をしていると言うことは、学生か、フリーターか、水商売か。
仕事の話になったことは無いし、かと言って金に困っている風の話も無い。
気にならない訳では無いけれど、自ら話すまでは聞かないでおくのが良いんだろうとも思う。

「葛西さんは、どんな仕事してんの?」
ケンゴ、と名乗った彼は漬物を小気味良い音を立てながら食べ、聞いてくる。
「ん?営業」
「へぇ・・・何か売ったり?」
「いや、ゼネコンとか行って仕事貰ってくる、御用聞きってとこかな」
少し自虐を込めて言った言葉に、彼の表情が少しだけ曇った。
「じゃ、羽振り良いんだ?」
「んな訳無いさ。いつまで経っても、不況のまま」
傍から見れば、好況に見える業界なのだろうか。
数年前に一気に冷えてから、浮き上がる予見は微塵も無い。
「ま、お勧めできる業界じゃ、無いぞ」


気が滅入る様なメールが来たのは、その日の夕方だった。
『明日の夜、開けとけよ』
同期の首藤から来たのは、お得意様のゼネコンの忘年会に関する報せ。
「勝手なこと言いやがって・・・」
都合を聞くことも無く、もう既に参加決定と言わんがばかりの文面に、つい愚痴が出た。
今月に入り、忘年会はもう5回目。
正直、酒を見るのも嫌になって来ている。
『一次会で帰るから、後宜しく』
半ば自棄気味に、そんなメールを同僚に返した。

翌日、珍しく昼時に同期と顔を合わせる。
「葛西、一次会で帰れるなんて思うなよ?」
「俺にだって、都合ってもんがあるんだよ」
「客の前で、そう言ってくれ」
「そもそも、何で俺なんだ」
基本、大手のゼネコンは決まった人間が担当することになっている。
俺の担当は中堅ゼネコンかサブコンが多く、そこの忘年会に出るのは初めてだった。
「他の大手とぶつかったんだよ。オレだけじゃ、忠誠心を示せないってさ」
「いつまで経っても、ゼネコン様、か」
俺たちは尽きない愚痴を言い合いながら、いつもの店へ向かった。

タイミングが早かったのか、若者はまだ来ていなかった。
今日は相席は無理だな、そう思っていた時、入口に立つ姿が見える。
しかし、こちらを見やった彼は、酷く驚いた顔をし、踵を返して店を出て行った。
その背中に疑問を投げかける俺の視線を、同僚は追いかけたのか。
「知り合いか?」
「ん?最近、ちょくちょく飯食ってる時に会うんだよ」
「ふ~ん・・・」
何かを考えるような顔をする首藤の前に、海鮮丼を乗せたお盆が運ばれてくる。
「どうした?」
「いや、どっかで見たような、気が」
「この辺歩いてれば、顔くらい目にするんじゃないのか?」

□ 57_証跡 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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年上キラー

挙動不審のケンゴ。水商売か、それとも?

ところで、『甘え上手』な年下に金を使いたくなる年上っていますよ。
息子は現役合格した大学のサークルの先輩(当時、大学院博士課程・男)と入学してすぐに親しくなりました。そして、その先輩が大学院を修了して別の大学の教員になった夏休みに、ホテル宿泊代・飛行機代を相手の負担で、一緒に北海道へ旅行しました。後から聞いて、ちょっと、ビックリしましたが!
勉強会の先生なんかともすぐ親しくなるみたい。友達と遊ぶ時は渋谷で、年上に連れていって貰う時は西麻布だそうです…。
あっ、私は別にタメ口でも気にしませんから(笑)。

甘えか不躾か。

年齢的には年下から甘えられる立場にあるのだと思うのですが
幸か不幸か、周りにはそれほど甘えてくれるような存在がいません。
一方で、私自身もあまり他人に甘えると言う行為が得意では無く
それは多分、人との距離を取る感覚が取れないからなんでしょう。
甘えることと失礼、不躾なことの境が分からないと言うか…。
ホントに、甘え上手な人が羨ましいです。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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