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証跡(1/6)

一人暮らしをするようになってから、めっきり魚を食わなくなった。
外食・コンビニを繰り返す毎日。
当然と言えば、当然かも知れない。
小さい頃は嫌と言う程食べていて、やっと解放されたと思っていたのは若い内だけで
30代も半ばになり、嗜好が元に戻って来たような気がする。

昼よりも夜の方が活気のあるこの街。
定食屋らしき店も多くなく、昼食をとる場所もおのずと決まってくる。
「いらっしゃいませ~。お一人ですか?」
最近、ちょくちょく通っている、ランチもやっている居酒屋。
魚メインのメニューが多く、何回か訪れる内にすっかり落ち着いてしまった。

今日は妙に混んでいる。
狭いテーブル席に座れただけでもラッキーだったのかも知れない。
ぼんやり携帯を眺めていると、席に促してくれた女の子が近づいて来た。
「すみません、お客様」
「はい?」
「相席、お願いしても良いですか?」
店の入り口に視線を向けると、つまらなさそうな顔をした若い男が立っている。
「ええ・・・構いませんよ」

金髪の男は大して表情も変えず、俺に軽く会釈をして、向かいの席に座る。
そのちょっとした行為に、見た目から受ける印象が少しだけ良い方に傾いた。

日替わりの金目鯛の煮つけがやって来る。
小さ目の魚が頭付きで丸々一匹。
やっぱり冬はこれだよな、そんなことを考えながら、柔らかい身に箸を入れる。
箸を付けて間もなく、彼の前にも同じものが置かれた。
しばらく携帯を弄った後、彼は箸を持ち、俺の皿に目を向ける。
不意に向けられた視線に居心地の悪さを感じながら、箸を進める。
しばらくして見飽きたのか、左腕を下ろしたままで彼は食事を採り始めた。

人の食べ方が気になるのは、自分ではあまり良い癖だと思っていない。
母の躾が厳しかったせいか、唯一人から褒められるのが食べ方。
特に海沿いの街で育ったせいか、魚の食べ方は、他人に言わせれば実に見事らしい。
「食べ方が綺麗な人って、それだけで良い人に見えるよね」
と言う思わせぶりな言葉を、何回女から聞いただろう。
しかし、そう言われれば言われるほど、他人の食べ方が気になってしょうがない。
目の前の若者の食べ方は、そんな俺の癖を掻き立てるものだった。

適当な箸の持ち方に、迷い箸、ねぶり箸。
ご飯粒が付いたままの茶碗。
酷い姿になってしまった煮魚。
前髪が食べ物に付いてしまうんじゃないかと思う程の犬食い。
若いからって許されるもんじゃないと思いつつ、いちいち腹が立ってしまう自分が情けない。

そんな俺の思いを、もちろん気にすることも無く
後から食事が来たにも拘らず、彼は余韻を楽しむことも無く、さっさと食べ終わり席を立つ。
その背中と、まだまだ食べるところが残る金目鯛を眺めながら、手元の味噌汁を飲み干した。
ふと顔を上げると、振り返った彼と目が合う。
あどけない中に浮かぶ何処か寂しげな表情に、思わず動きが止まった。
一瞬だけ心に留まった彼は、そのまま向きを変え、店から出て行った。


今まで周りを気にしていなかったからなのか、単なる偶然なのか。
あれから、昼時、例の彼を見かけることが多くなった。
サラリーマンだらけの中で、チャラい風貌の男は良く目立つ。
席が近くなることもあれば、全く見えない時もある。
時間帯もバラバラだったけれど、入口に立つ姿が何故か目に入る。
きっと、歳は一回り以上違うだろう。
食べ方だって不愉快だ。
それなのに、素性も分からない男を気にかけてしまう理由が、分からなかった。


ある日の昼休み。
仕事が押し、出遅れた形でいつもの店へ行った。
「すみません、今、いっぱいで・・・相席でも宜しければ」
申し訳なさそうな顔をした女の子が、そう告げる。
別に構わない旨を伝えると、彼女はそれを引き受けてくれる客を探しに店の奥へ戻った。
しばらくして、通路の角から顔を出して俺を呼ぶ。
赴いた先にいた顔を見て、何となくホッとした自分がいた。

「悪いね、ありがとう」
その言葉に、相変わらず無作法な食べ方で食事をかき込む彼は、視線を上げる。
「・・・前に、オレも、して貰ったから」
早い時間に来たのだろう。
彼の前から、定食の姿は殆ど消えつつあった。

俺が頼んだホッケの開きが来たのは、彼が箸を置き、携帯を弄り始めてすぐだった。
皿の上に置かれる視線を何となく感じながら、目の前の食事に集中しようとする。
多少焼き過ぎの感があったものの、魚は十分美味い。
小鉢に入った竹輪の煮物を一つ口に入れたタイミングで、小さな呟きが耳に入った。
「綺麗に食べるよね」
手元にあった麦茶で竹輪を押し込み、その言葉に答える。
「そう?」
「オレのオヤジも、そんな風に食ってた」
父親と一緒にするなよ。
そう思ったすぐ後で、多分、彼の父親とはそれほど歳は変わらないんだろうと気が付いてガッカリする。
「良い親父じゃない」
「・・・もう、いないけど」
思いも寄らない突然の独白に、つい、箸が止まった。

□ 57_証跡 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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年下の男

若い時は、とかく年上に惹かれたりする。
ところが、やがて熱が冷める時が訪れる…。それを心配する不安が年上には常につきまとうらしい。

11歳年上の女性と結婚しているKさんが、ある日ボヤキました。
「今日、嫁さんの40歳の誕生日なのに、俺はまだ20代だよ。嫌になる!」
それを聞いた上司が怒って一喝。
「そんな事、初めから分かってるじゃないか!馬鹿か、お前は!?」
実は、義父は義母より6歳年下。昔の事だから珍しかったかもしれない。
日本人女性は、外国人から見たら若く見えるらしいですよ。

ところで、金目鯛の煮付けが美味しそう。食べたくなりました。

年功序列。

今まで、あまり歳の離れた方と懇意になったことがありません。
尊敬か、畏怖か、学生の時に叩き込まれた年功序列の精神を引き摺っているのか
どんなに仲良くなっても、タメ口を使うことにすら抵抗があります。
しかも、自分より年上だからと言うイメージを強く持ち過ぎるのか
ちょっといつもと違う面を見せられると、幻滅の度が大きく…。
難しいですね、付き合い方が。

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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