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証跡(4/6)

「何か・・・聞いた?」
珍しく残してしまった定食を前に、彼は窺うような目をして聞いてくる。
疑念を見透かされたような気がして、言葉に詰まった。
「・・・別に、何も」
「・・・そう」
軽く俯いた彼は、携帯を閉じて席を立つ素振りを見せる。
「俺、来週の水曜が仕事納めだから」
薄いダウンジャケットに袖を通しながら、その言葉に小さく頷き、席を離れて行った。

だから、ちゃんと、昼時に来い。
俺が付け加えたかった欠片を、彼は読み取ってくれたのだろう。
仕事納めを明日に控えた昼休み、店の前で彼と顔を合わせた。
「どうした?混んでるのか?」
その問に、彼は軽く首を横に振る。
紅潮した頬が、しばらくの間ここに立ち、寒風に晒されていたことを想像させた。
「風邪ひくぞ」
そう言って彼の肩に軽く手を置き、店の中に促した。

今日の定食のメニューは、イワシのつみれ汁とサンガ焼き。
故郷でよく食べられる味に懐かしさを感じながら、口に運ぶ。
「年末は、どうするの?」
左手で茶碗を持つことを覚えた若者は、そんなことを聞いてくる。
「ん?休みも短いし、ちょっと帰省して終わりだろうな」
「帰省?」
「千葉の、御宿ってとこ。こんな時じゃないと、帰らないから」
「へぇ・・・いつ?」
「大晦日に帰って、元旦には戻って来るよ」
「短いね」
「4日から仕事だからな。あっちにいたって、何もすることないし」

実際、友人の殆どは所帯を持ち、実家にも姉夫婦が同居。
地元に帰ったところで、肩身が狭い思いをするだけ。
父との関係も、正直良好とは言えない。
家族に顔を見せた後は、旧友がやっている旅館の部屋で酒を飲みながら年を越すのが
ここ数年の正月の過ごし方だった。
それでも帰りたいと思うのは、あそこの海と空気が好きだからなんだろう。

「ケンゴは、どうするんだ?」
「オレは・・・バイト」
ふと逸らされた眼が、その内容を語っているようだった。
「明日は、来れないから。今日が、最後かなって」
「そ、か」
「良いな、オレも、帰省とかしてみたい」
「お祖母さんが、いるんじゃないのか?」
「今更戻ったって、嫌な顔されるだけだし」
複雑な過去、猥雑な現在。
その心の内を想像もできない俺には、今のこの一瞬だけでも、素の彼に戻してあげることが精一杯だった。


「また、来年な」
店の外でそう笑いかけた俺に、彼は自らの手を差し出して来る。
握った手は、食事の後とは思えない程、冷たかった。
「また・・・会えるかな」
寂しげに呟いた彼の指が、俺の指の間に割って入る様に絡んでくる。
たった一週間の空白すら、彼には不安なんだろうか。
「お前がそう思うなら、会えるだろ」
手に力を込めると、彼の表情が心なしか柔らかくなる。
揺れる瞳をこちらに向けながら、僅かに唇に笑みを湛えて、彼はその手を離した。

その流れを堰き止めることは、出来ないんだろうか。
無情な世の中に流されて行くだけの彼に、俺は時々、手を振るだけ。
行く末に幸せなど無いと諦めきっている心を温めてやることも出来ない。
風に煽られる金色の髪が、陽の光を受けてキラキラと輝く。
自分の無力さを、しみじみ思い知った。


晴れ渡った空に、僅かに感じる海の気配。
年末の故郷は、実に穏やかな雰囲気で出迎えてくれた。
『まもなく、御宿駅に到着します。お出口は・・・』
高校時代まで過ごした、懐かしい街。
青と黄色に彩られた特急電車が駅に入線して行く。

ホームに降り立つと共に、顔を撫でる潮風。
温暖な気候とは言え、真冬の日暮れ時は流石に寒い。
コートの襟を立て気味にして改札に向かう途中、駅のベンチに座っている人影に目を奪われた。
どうして、ここにいるんだ。

□ 57_証跡 □
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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感情の分岐点

外交的で営業や接客業が天職みたいな人っていますよね。逆に、苦手な人もいますし。

人との距離感。美容師さんが接客は難しいって仰ってました。急にぷっつり来なくなったお客さんがいると、何か怒らすような事を話してしまったのか気に病むんですって!

人間って年齢を重ねてもガキ親父みたいなところがあると思います。ワインみたいに熟成しないのが人間の業のようなもの。
幻滅するのか、可愛いと思うのかは、相手次第。幻滅を上回る愛情があると、情けなさすら可愛く思えます。

面の皮が薄い。

言わずもがな、私は全く営業には向いておらず
図面や資料とにらめっこしながら設計をする方がよっぽど気が楽です。

人見知りと言われる東北の人間ですが、会社の社長は営業を兼ねる青森人。
非常に前向きで、かつしたたかな営業向きの努力の人です。
最近、某市長さんが仰っていた面従腹背と言う言葉。
全てがそうとは言いませんが、営業と言う仕事を表すには最適なものだと思います。
如何に面の皮を厚くして、会社の利益を追い求めるか。
感情をすぐに外へ出してしまう皮の薄い私には、やっぱり向いていません。
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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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