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出帆(5/5)

錚々たる面子だった。
懲戒解雇の対象となる社員の名前が会社のメーリングリストで回ってきた週末。
新しい会社の設立を祝う会には、新たな船出に期待を抱く男たちが顔を揃えていた。
営業部の曽根部長、構造設計の平林課長の他、意匠設計のメンバーも数名集まっている。
一足先に早期退職した重鎮たちが挨拶を行う中、俺と蔵田は壁際に立って、その話を聞いていた。

「思った以上に、集まったんだな」
「恐らく、部課長クラスは半分近く来たんじゃないか?」
「若手は、やっぱり少ないか」
「あんな状態じゃ、声も上げられないだろ」
プラスチックのコップに入ったウーロン茶を飲み干し、何処かスッキリしたような顔で蔵田は言った。
「解雇ちらつかされたら、貯蓄が無い、家族がいるって人間は、そうそう飛び出せないさ」
「お前は・・・良い訳?」
「ああ。結婚してなくて良かったって思ったのは、これが初めてかもな」
そう言う同期の笑顔を、俺は久しぶりに見た気がした。


後輩を諍いに巻き込むのは、避けたかった。
石垣との打合せを終えてすぐ、俺は土屋課長の下へ赴いた。
彼は、俺の意図を分かっていたのだろう。
軽く一瞥し、考えられ得る選択肢を提示してきた。
「今すぐ退職願を出すか、懲戒解雇されるのを待つか、どっちが良い?」
「退職願なんて・・・受け取って頂けるんですか?」
「君は、オレの下に何年いる?」
「8年くらいに、なります」
そう言うと、彼は小さく溜め息をつき、俺に視線を向けた。
「情が移らないとでも、思ってるのか?」
言葉が出なかった。
憎しみだけを残して去ろうとしていた俺に、彼は最後の情けをかける。
「諭旨解雇にしてやる。明日、退職願を持って来い」
「・・・ありがとう、ございます」


メーリングリストの名簿には、主犯と見なされた部課長クラスの人間の名前が並んでいた。
直前に退職願を出していた蔵田については、俺と同じ諭旨解雇で済んだ。
とは言え、退職金は大幅に削られる上
仮に他の会社へ転職を考えた時には、大きなペナルティとして付きまとうことになる。
それでも、この場にいる誰もが、そのことを後悔しているようには感じられなかった。

「これから・・・どうなんのかな」
ふと呟いた不安に、同期は明るく答える。
「まずは、自分が食えるようになること、かな」
「そりゃ・・・そうだけど」
「早速、案件も来てるらしいし。新しい会社に移ったら、きっと激務だぞ?」
「覚悟しておくわ」
苦笑する俺の顔を、あいつはまっすぐ見つめて、言った。
「ありがとう。お前がいなかったら、オレ、ダメになってた」
苦悩を続けた彼の表情には、もう、それを示すものは映っていなかった。
その顔に、不安が溶かされた。
背後から、そっと腰に手を回し、引き寄せる。
驚いた表情には、気が付かない振りをした。
「まだまだ・・・これからさ」


退職願を出してから2週間あまり。
簡単な挨拶を済ませ、俺はフロアを後にする。
会社の外では、一足先に退職した同期が待っていた。
「お疲れ」
「おう。・・・まだ、全然終わってねぇんだけど」
「マジかよ・・・引っ越し、明後日だぞ?」
「ま、何とかなるだろ」
互いに会社の借り上げマンションに住んでいた俺たちは、新しい会社の近くに引っ越すこととなった。
しばらくは給料も安定しないだろう、そう告げられていたこともあり
大きめな部屋を二人でシェアして暮らすことに決めている。

「女連れ込むのは、禁止な」
「降って来る訳でも無し、そうそう出来ねぇよ」
「まぁ・・・この歳になったら、それなりの気概が無いと」
「そんな気概が、ある訳?」
含みを持たせたあいつの言い方に、少し腹を立てつつ答える。
「・・・無い」
「ダメじゃん」
片付けの進まない雑然とした部屋の中に、笑い声が響く。
「・・・別に、オレはこのままでも、良いけどな」
「は?」
俄かに戸惑いの表情を見せながら、彼は俺の手を取り、指を絡める。
「おい・・・」
「一緒にいてくれるんだろ?・・・ずっと」
指を締め付けられる感覚が、感情を押し出した。
互いの震えを抑える様に、手を握り合う。
「ああ・・・そうだな」

新たな生活が始まるまで、後一週間。
元同期として、未知の航海に乗り出す仲間として、かけがえの無いパートナーとして。
きっとあいつとなら、荒波を乗り越えられる。
そう信じて、新しい人生を歩き出す。

□ 31_出帆 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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