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出帆(2/5)

設計者として育てて貰った恩は十分感じている。
直属の上司である土屋課長には、新人の時から散々世話になってきた。
ただ、今の会社のやり方に不満があるのは俺も同じだった。
誰がどんな思惑を抱えているのか。
何も見えないまま、ぎこちない日常が否が応にも続いていく。

社内で飛び交う噂は日に日に大きさを増していった。
新会社設立を画策している上司連中、声をかけられているらしい社員。
その名前もこぼれ聞くようになった。
付き合いの長い同期の名前を聞く度に胃が痛くなる。
疑心暗鬼の中、俺はあくまでも無関係を装いながら、業務に没頭しようと努力した。

それからしばらく経った金曜日の夕方。
個人用の携帯に着信があった。
「どうした?」
相手は、蔵田だった。
「この間の品川の物件なんだけど」
外からかけて来ているのか、周りの雑踏の音が多少邪魔に感じる。
「これからちょっと打ち合せたいって言うんだよ。出て来れないか?」
「今から?急過ぎ無いか?」
「オレもそう言ったんだけどさ」
今回の物件の担当は、そのゼネコンの中でも几帳面な人で知られていて
打合せのスケジュールも大抵1週間前には整えているような人。
こんなことは初めてだった。
しかも、業務の用件にも拘らず、内線でも社用の携帯でも無く、個人の携帯に電話をかけてきたあいつ。
何かあるとしか思えなかった。
「・・・分かった。飯田橋でいいのか?」


帰宅ラッシュと重なったのか、地下鉄の中は幾分混雑していた。
同期と上司の間に挟まれた格好になり、気分は落ちる一方だった。
暗い車窓を引き摺りながら、電車は目的地へ近づいていく。

待ち合わせに指定された駅近くの喫煙所には、蔵田ともう一人、男が待っていた。
「久しぶりだね。真壁君」
「・・・お久しぶりです」
そこにいたのは構造設計課の平林課長。
俺と蔵田が新人研修の時に指導を受けた人だ。
彼は、バツの悪そうな蔵田の顔を見た後、俺に視線を向ける。
「用件は、分かるよね?」

気持ちは固まったんだろうか。
飯田橋からタクシーで大崎へ移動する車中、同期の顔を見やりながら考える。
部下や他の部署の同期からも、裏切り者の烙印を押された者の名前は聞いていた。
しかし、平林課長の名前は耳に入ってきていない。
彼は、どちらの陣地にいるのか。
誰も言葉を発しない。
その沈黙が、俺の鼓動を早くする。


こじんまりとした飲み屋に入ったのは、まだ夜の7時前。
にも関わらず、店内は程々の人の入りだった。
「申し訳ないね。こんなコソコソするような真似させて」
目の前に置かれた中ジョッキを軽く上げて、課長はそう呟いた。
「いえ・・・それで、お話は・・・」
「新しい会社に、君も来て欲しい」
実にストレートな要求。
言葉同様の真っ直ぐな眼差しに、思わず目を逸らした。
「正直、給与は今ほど保障できないだろうけど」
自嘲気味に笑った後、彼は続ける。
「今以上に、納得できる仕事を与えられる自信は、ある」
その言葉に答えられないまま、縋るように同期の顔を窺った。
「・・・お前は、もう、決めたのか?」

飲みかけのジョッキを両手で抱えるように持つ蔵田が、伏せた目を上向けた。
「近く、退職願を出す」
「・・・今抱えてる物件は、どうするんだよ?」
「大きい物件は粗方終わったし・・・他のは、少しずつ引き継いでってる」
未だ戸惑いを見せるあいつに、課長は同士としての視線を送る。
人生を変える決断が、目の前に突きつけられていた。

「いつ・・・会社を立ち上げる予定なんですか」
質問する声が、少し震えた。
土屋課長の、部署のメンバーの顔が浮かぶ。
「今月中には設立するよ」
「そんなに早く?」
「この話自体は、もう半年前くらいから出ていてね」
数ヶ月前、会社が早期退職を募っていた時期があった。
その時、創立時から一線に立ってきた営業や技術者が数人名乗りを上げ、会社を去っていった。
大きな人材の喪失も、今の会社の混乱をもたらした一因になっていたのかも知れない。
そして、その彼らが、新たな会社を立ち上げると言うのだ。

「今後の不安もあるだろうけど・・・君をあの会社で殺してしまうのは、もったいない」
心もとなくなった前髪を整えながら、彼はそう言って俺に笑みを見せる。
「・・・ウチの部署からは、他にも、誰か?」
一瞬目を細め、その笑みが意味ありげなものに変わった。
「土屋から、何か言われてる?」
「・・・特には」
「何人か、声をかけてるよ。良い答えをくれてる社員もいる」
自分が把握している状況とは違う答えが、更なる葛藤を呼ぶ。
各々の腹の底にある意図が、会社を闇に包んでいるようだった。

□ 31_出帆 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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