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前進(4/5)

「あら、結婚だけが幸せじゃないでしょう?」
ルミコさんは空になったグラスを受け取りながら、にこやかに言う。
「ごめんなさいね、私が言っても何の説得力もないけれど」
そう笑いながら、僕に視線を移す。
「どんな人生が幸せなんて、自分でも分からないものよ」
「・・・確かにね」
市川さんは、ルミコさんの視線を追いかけ、僕を見る。
「誰も傷つけまいと、心の中で大切な人を思うだけの人生だってあったりするのよ」
「それは、ママのこと?」
ふっと微笑んで、ルミコさんはボトルを取りに、カウンターへ戻る。

「ユウちゃん、電車はまだ大丈夫?」
クミちゃんが、そう話しかけてきた。
同じ京浜東北線ユーザーの彼女は、終電の時間もしっかり把握している。
でも、僕が終電近くということは、大江戸線はとっくに終わっている時間だ。
「ユウは先に帰っていいよ」
「え?」
「俺、もうちょっといるから。どうせ、終電無いしね」
市川さんは、それを分かっていたんだろうか。
何か考える風の表情で、お前は先に帰れ、そう言われているような気がした。

赤羽行きの終電は、人でごった返していた。
どうせ最後まで乗るからと、奥の連結部分まで入り込む。
市川さんは、一体何を話しているんだろう。
ルミコさんが僕の悩みについて喋ることは絶対に無いと信じているけれど
薄皮を剥く様に、何かを探られんじゃないかという感覚が離れなかった。


次の日の朝、携帯の着信で目が覚める。
電話の相手は、市川さんだった。
「悪いね。今大丈夫?」
「ええ、今起きたところです」
「そりゃ寝すぎだろ」
市川さんは、いつものように朗らかに笑う。
時計を見ると、11時。
確かに寝すぎた。

「どうしました?」
「今、上野にいるんだけど。木名瀬君、ちょっと出て来れない?」
「いいですけど・・・」
とりあえず1時間下さい、と言って電話を切った。
今まで休みの日に連絡がくることは無かったし
ましてや、この時間に上野にいると言うことは、家には帰ってないんだろう。
そんなことも、初めてだった。
昨日の事もあって、喜びよりも不安を抱えながら、僕は身支度を急いだ。

時間ギリギリに上野につくと、案の定、市川さんはスーツのままだった。
「昨日、帰ってないんですか」
「ああ、久しぶりにカプセルに泊まったよ。狭くて背中が痛くなるな、あれは」
少し楽しげに言う顔を見て、違和感を覚える。
「どっかで飯でも食うか」
そう言って、市川さんは歩き出す。

適当に入った店は、昼食時間だけあって相当な混雑具合で
ランチメニューの焼き魚定食が出てくるまでも、時間がかかりそうだった。
「昨日は、何時までいたんですか?」
「ん~、2時過ぎには帰ったかな」
何を話してたんですか、とは聞けなかった。
あれこれ勘繰っていることを、悟られなかったからだ。
「ずいぶん遅いなぁ」
そう言って市川さんが水を飲んだ時、気がついた。
左手に、指輪が無い。
「無くした訳じゃないよ」
笑いながら、そう言う。
「外したんだ」
何故、と聞くことを遮るように、市川さんは僕を見る。
「俺ね、木名瀬君に言ってないことがあるんだよ」

□ 03_前進 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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