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前進(5/5)

「離婚したんだ。先週ね。1年位前かな、ギクシャクしてきたのは」
市川さんは、ポツリポツリと、その経緯を話し出した。

仕事が忙しく、家族にあまり構ってやれなかったこと。
お子さんが中学受験を失敗し、登校拒否になってしまったこと。
そして、一番堪えたというのが、奥さんの浮気。

「幸せを君に強制する資格なんて、俺には無かったのにね」
市川さんは、自嘲気味に言った。

僕が帰った後、市川さんはルミコさんに離婚したことを打ち明けた。
どうしてこうなったのか、答えが欲しかったのだろう。
とりあえず、話を聞いて貰って気分が落ち着いたよ、と言った。
そして、話題は故郷の話に。
ふと、向こうに戻ろうか、と呟くと、ルミコさんはこう言ったそうだ。
「全てを断ち切るのは、最後の手段よ。もう少し、周りを見渡してみたら如何?」

市川さんが話している間、僕は何も言えなかった。
しばらく場に沈黙が流れると、絶妙なタイミングで定食がやってくる。
若干焦げ気味の魚を見て、市川さんは言った。
「・・・あれは、木名瀬君のことだったんだね」

定食は至って普通の味だった、と思う。
あまり覚えていない。
結局、店を出るまで、僕は言葉を選びあぐねて何も言えなかった。
「桜でも見ていこうか」
その言葉に、黙って頷く。

道の両脇に敷かれたブルーシートの上では、大宴会が催されている。
あちらこちらで、カップルや家族が桜の写真を撮っている。
風が吹くたびに花びらが舞う、まさに今が盛りの桜の木の下を進む。
「大切な人がいるんだね」
僕の隣を歩く市川さんが、そう呟く。
「悩みがあるなら、相談してくれれば良かったのに」
そんなこと、言える訳が無かった。

まもなく桜並木が終わり、正面に噴水が見えてくる。
「ユウ」
不意にそう呼ばれ、思わず市川さんの顔を見る。
いつもの優しい顔をしていた。
耐えられなかった。
「すみません。僕は・・・」
それ以上は何も言えず、黙って目を見つめる。
この期に及んで、結局市川さん任せになってしまった状況が、本当に申し訳なかった。

どれくらい向かい合っていただろう。
そんなに長い時間ではなかったと思うけれど
市川さんの目に宿る静かな困惑に堪らなくなって、視線を逸らす。
彼の肩の向こうには、満開の桜並木があった。
しばらくの沈黙の後、手が肩に添えられ、わずかに引き寄せられる。
「こっち、見て」
情けない顔をしていたと思う。
僕の前髪を掻き揚げるように、片方の手が額に触れる。
「気持ちは凄く嬉しいよ」
困惑は、口調にも現れていた。
「でも、俺は君に、何が出来る?」

男からの告白を、受け止めようとしてくれている市川さん。
僕は、もう、それだけで十分だった。
「何も望んではいないんです。ただ、許されるのなら」
胸を締め付けられるような気持ちになる。
言ってしまったら、もう後戻りは出来ない。
「・・・あなたを好きで、いさせて下さい」
極々薄いピンクがかった白い視界が、ふと、滲む。

「営業のエースが、そんな顔するんじゃないよ」
彼の手は、額から頬へ下がり、親指が優しく頬骨を撫でる。
「君は、変わらなくて良いんだ」
こぼれてしまった涙を、その親指が拭う。
「心を開いてくれて、ありがとう」
そう言うと、彼は僕の肩をポンと叩いて、自分に言い聞かせるように呟く。
「いつまでも、立ち止まってられないからな。俺も」

「不忍池の方も、見て行こうか」
市川さんは、僕の肩を抱いたままで、来た道を引き返そうとする。
思わず、その手を振り払ってしまった。
一瞬驚いた表情を見せ、訳知り顔に言う。
「案外、プラトニックなんだ?」
「なっ・・・」
「冗談だよ」
笑いながら先へ進む背中を、追いかける。
これで僕は、幸せに一歩近づいたんだろうか。
先のことは分からないけれど、今は、桜を掻き分ける一本の道だけが、僕の幸せだ。

□ 03_前進 □   
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テーマ : 自作BL小説
ジャンル : 小説・文学

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オヤジ萌えはアリ?

こんばんは。更新を待つ間、1番最初に私の心にとまった思い出の作品を読み返しました。
まず仕事してるところの描写が多くて喜びました。リーマンBLが好きでよく読むけど「お前ら仕事しろよ!」って言いたくなる程、巷には、仕事場面が無い話が多いんですよ。
仕事しないで恋愛ばっかりしてるリアリティの無い作品にがっかりしていたので、ランキングからこちらのブログに来た時は嬉しかったですね~。「うわぁ仕事場面がいっぱい!」
そして内気で健気な木名瀬さんを好きになって、もちろんビジュアルは絶世の美青年で妄想し、背景は満開の桜。うっとりしない方がおかしい。
で、ガツンとやられたのが市川さんの「案外、プラトニックなんだ?」の台詞でした。
オ、オヤジ、なんて事を言うんだ!
まべちがわさんの小説は仕事場面もリアルだったけどオヤジもリアルだった。
今だに「すごい台詞だなあ~」「すごい台詞を書く人だなあ~」って思ってます。
それから、ずっとオヤジの魅力について考えていますが、なかなか分からないですね。気分ぶち壊しな事言うけど、ふところも広いのかなぁ。
いくらロマンチックでも木名瀬さんみたいな人どうしだと、一生恋愛は進展しないだろうし…。
オヤジと中年の魅力ってなんなんでしょうね。木名瀬さんに聞いてみたいです。この作品をきっかけに、今だに考え続けてるんです。

彼らの恋愛。

時折看板を偽ることもありますが、基本的にはリーマン物を名乗っている以上
仕事の描写は、出来るだけ入れるようにしています。
ただ、読んでいる方には余計なものとして捉えられているのではないかと
若干不安に思うところもあったので、そのような感想を頂けてホッとしました。

妙にリアルになるのは、自分がほぼオヤジ世代に差し掛かっているからでしょうか。
かと言って、彼らの年代の恋愛と言うものに現実感が持てません。
殆どは家族を持ち、父親としての姿しか外に出しませんからね。
貴女のコメントを見て、今度はオヤジを主人公にして書いてみようかと
ちょっとだけ、考えています。

サンクチュアリ

この話はサンクチュアリ(聖域)だと思っていたから、コメントしないと決めて遠慮してましたが、杞憂だったのかしら?

バイではなくて本当はゲイなのに世間体の圧力で結婚し、子供までいながら、やっぱり男に流れてしまう人がいます。
あるいは、その気は無かったか無自覚だったのに、結婚後、突然、同性に惹かれる人。
結果として、離婚する人、結婚生活を続ける人、仮面夫婦、人生色々…。

でも、私のように、1人の男性から夫宛の手紙が毎月1~3通来る生活が10年以上続いている経験を持つ人って居ないんじゃないでしょうか?

結婚披露宴に出席してくれた高校の時の私の仲良しグループの女性達に、新婚旅行のお土産を渡す為にランチした時、言われた事。
新郎新婦双方の友人達はテーブルを同席するように配置してあり、女性陣は婚活に張り切るつもりが…。
結婚披露宴だというのに、男性陣がお葬式みたいに暗かったそうです。いつもズバズバ物を言うE子が、「あの人達、ゲイじゃない!?絶対、そう!」
1人だけ端正な男性だったけど、後は童顔で小柄だったり、華奢で温厚な感じの優男ばっかり!
夫は顔はインテリ風だけど、殴ったら一撃で相手を倒す感じの体格。肩幅が広くて、肩に毛が生えているしね…。
一目惚れしたんです。初めは先生と呼んでたけど、すぐ名前の呼び捨て(笑)。
披露宴に呼んだ夫の友人達と夫は今だに仲良しで、先週も、京都駅前で待ち合わせて飲み会。次回は、ゴールデンウィークに東京で集まるんだそうです。
夫の書斎の鍵付き本箱の中身の一部を知ってしまった私だけど、セッ○スレスではありません。週2回ペース。
前に、祇園のクラブのママさんから私に、直接言われた事があるんですよね。「こんな好色な男性、見た事無いわ!」
見た目も中身も、バリバリの肉食系です。ノンケだが好色すぎるタイプなのか!?男も惹き付ける程…。
服装はスーツから下着迄、プレゼント以外、全て夫が自分で購入。妻の私は靴下もネクタイも、一切買った事が無いです(笑)。「足元を見られて、なめられない」ように、革靴は5万円以下は買わない!拘りが、やはり日本人の感覚と違う。

いつ外れるかは分からない。

昨日更新した記事で60編目の話が終わり、通算で372個目の記事となりました。
どの話にも、それなりの思い入れは持っていますが
この話は、3作目にして初めて筆が止まると言う苦行を味わった記憶が強く
とにかく、きちんと話を終わらせることが出来て良かったと、今でも思います。

同性愛と言う性指向を持つ人間は、全体の5%程と言われています。
100人に5人、1000人に50人、想像以上に多い数字です。
その中には、生まれ育った環境に飲まれ、本当の自分に気が付かない人もいるのでしょう。
結婚後に同性に目覚めたと言う方は、もしかしたら、そのタガが外れたのかも知れません。

もっとも、身体の関係があっても恋人ではない、一緒に住んでいても愛は無い。
そんな曖昧な恋愛を是とするような雰囲気が漂っているような世の中では
例えば私が同性に対して持っている感情が、同性愛的指向なのかどうか
判断する術もありませんが…。

他人の魅力

そうですか、この作品は難産の末に産み出されたんですね。
あらためて、完結おめでとうございました。

5パーセントは、結構多い割合ですね。東京都の人口約1300万人だと65万人。横浜市・埼玉・千葉など周辺を加えて2500万人だと125万人!
地方の大都市の人口程になりますね。

夫に言わせると、男は女より遥かに繊細な心を持っている!
確かに、自殺者の人数は男が女の2倍位あります…。
女ではなくて男を好きになった小柄な童顔男性や穏やかな優男は、逞しい男らしい男性に惹かれるのかと思います。
ところで、夫の好きな若手男性芸能人は松山/ケンイチさんと小栗/旬さん。夫が再放送も良く視るテレビの古畑警部シリーズ主役の田村/正和さん、『相/棒』の水谷/豊さんは、小柄で華奢という共通点があると、今、気付きました。
ちなみに、夫の好きな女性芸能人は木村/カ/エ/ラさんと、私に似ているらしい深/津/絵里さん(笑)。

まべちがわさんは好きな芸能人がいらっしゃいますか?

琴線の位置。

ゲイの方たちが好む男性像は、短髪・ややマッチョ・鬚面。
…と、テンプレートのように言われることが多いのですが
人それぞれに好みがあるように、一概には言えないのでしょう。
同じように、どんなことに傷つき、落ち込むのかも千差万別。
男は女よりも繊細だとされますが、結局のところ
琴線の位置が違うだけなんじゃないかと思ったりもします。

好きな芸能人…あまりTVにも雑誌にも触れないので、答えづらい質問ですね。
とりあえず、最近気になって仕方ない人と言われれば
某女装家(横にでっかい方では無い方)の方です。
どうやら、ああ言う顔が好きみたいです…自分でもどうかと思いますが。
Information

まべちがわ

Author:まべちがわ
妄想力を高める為、日々精進。
閲覧して頂いた全ての皆様に、感謝を。

2011-3-12
東日本大震災の被害に遭われた方に
心よりお見舞いを申し上げます。
故郷の復興の為に、僅かばかりにでも
尽力出来ればと思っております。

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